![]() ヒロイン視点 この状況は一体なんだろう。 なぜか私は部室で芥川先輩に抱きつかれている。 正確には、床に座り込んだ私に芥川先輩がしがみついて眠っている。 芥川先輩の腕から逃げようとと努力はしたけれど、寝ているとは思えない力で、むだな抵抗に終わってしまった。 ジャージに着替えた後で、スカートじゃなかったのがせめてもの救いだ。 「起きる気配は……ないよね。」 途方に暮れていたら、音を立てて部室のドアが開いた。 「何してんだ、お前ら?」 「こっ、これは不慮の事故でして…っ」 急な彼の登場に、あわててしまう。 「おい、樺地。」 「ウス。」 あきれた顔をした彼がいつものように声をかけると、当然のように後ろに立っていた樺地くんが私から芥川先輩を引きはがしてくれた。 「ありがとう、樺地くん。」 「ウス。」 樺地くんは眠ったままの芥川先輩を肩にかつぐと、部室を出て行った。 「で、お前は何をしていたんだ?」 「ええと、テニスの道具を借りるつもりだったんです。」 今日は休練日だから、みんなの邪魔にならないだろうと、予備のラケットなどを借りようと思ったのだ。 「まだ分からないことが多いので、ちゃんと勉強しようと思いまして。」 マネージャーの仕事をする上で必要だというのもあるけれど、好きな人が夢中になっているものをもっとよく知りたいから。 「それでテニスの教本か。」 彼は机の上に置いてある本を手に取り、パラパラとページをめくった後、すぐに本を閉じた。 「だが、ただ本を読むだけじゃ、本当には理解できないぜ。」 「そうですね。それで、実際にやってみようかと…」 「俺様が相手してやろうか?」 「え、……ええっ!?」 突然の提案に驚くと、彼はわずかに眉を寄せた。 「嫌なのかよ? この俺様がじきじきに教えてやると言っているんだぜ。」 「いえっ、そんなわけないです。ただっ…」 「だったら、決まりだ。着替えるから、先にコートで待ってろ。……返事は?」 「はっ、はい! よろしくお願いします!」 姿勢を正してから、勢いよく頭を下げる。 「良い返事だ。準備運動もちゃんとしておけよ。」 「はいっ、分かりました。」 奥のロッカールームへと入っていく彼の後姿を見送ってから、私はラケットを持ってテニスコートに向かった。 (びっくりした。……けど、嬉しいな。) 少し前までは、彼のそばにいるのは辛かった。 自分の気持ちを知られないように押し殺して、距離を置いて見ているだけだったから。 でも今は、彼のそばにいられることが嬉しいと思える。 彼が私を覚えていなくても自分は覚えているからいいのだと、少しずつだけど思えるようになった。 そして、今の彼を知るほどに、私はどんどん惹きつけられていた。 私が愛するのはあなただけ 何度でも、私はあなたに恋をする。 ← |