幼い頃の幸せな時間 | ナノ

跡部視点


(笑った顔は悪くないか。)

部活の休憩中、勝手に視界に入ってきたみょうじは楽しそうに部員たちと雑談していた。

……いや、入ってきたのではない。

俺の目が、あいつを追っているのだ。

あいつを見ていると、何故だか落ち着かなくなる。

何かに急き立てられるような、よく分からないが焦りに似たものを感じる。

それならば見なければいいというのに、無意識に目はあいつの姿を追いかける。

まるで恋愛事のようだ。

だが、そんな甘いものではない。



「お疲れさまです、部長。」

「ああ。」

校門のところでみょうじと出くわし、丁度良い機会かもしれないと思った。

「みょうじ、送ってやるから車に乗れ。」

「えっ……いえ、けっこうです。」

「俺様の親切を断る気か?」

あっさりと断られたのが面白くなくて、少し苛立つ。

「そっ、そういうわけでは…」

「だったら早く乗れ。」

「……はい。失礼します。」

低い声で言うと、みょうじは少し怯えた様に頷いて、俺は更に苛立ちが増した。



膝の上に置いた手に視線を落としたままのみょうじに、俺はかねてよりの疑問を投げかけた。

「あの日、俺に声を掛けたのは何故だ?」

静かな声で問うと、びくりとみょうじの細い肩が跳ねた。

「あれは、その……人違いをしただけです。すみませんでした。」

そう答えたみょうじの声は何故か震えている。

「本当に、それだけなのか?」

「はい…。」

違う。

こいつは明らかに嘘を吐いている。

だが、それは何の為だ。

そう考えていると、今度はみょうじが口を開いた。

「私も一つだけ、聞いてもいいですか?」

いつの間にか、みょうじは膝の上にあった手を握り締めている。

「何だ、言ってみろ。」

「はい。部長は……部長には、小さい頃の……大切な思い出はありますか?」

俯いたまま、みょうじは消え入りそうな声で聞いてきた。

「何だ、突然?」

それは全く突拍子もない質問に思えて、俺は片方の眉を上げた。

「……いえ、なんでもありません。忘れてください。」

みょうじの声が傷付いているように聞こえたのは、俺の気のせいか。

「おい、ちゃんと説明…」

「どうもありがとうございましたっ!」

詳しく聞こうとしたところで車が止まり、俺の言葉を遮ったみょうじは自分で座席のドアを開けた。

そして、素早く車から降り、逃げるように家の中へと消えていった。



ひそかに愛される

この時の俺は、まだ気付いていなかった。


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