幼い頃の幸せな時間 | ナノ

ヒロイン視点


あの人に思い出してもらえないままなら、私は黙って諦めるつもりだ。

でも、その期限はいつまでだろうか。

あの人が卒業するまで?

それとも、あの人の隣に誰かが立つまで?

「っ、……」

ズキンと胸が鋭く痛む。

私は基準服のブラウス越しに胸元の【たからもの】をぎゅっと握り締めた。

これだけが、今の私の支え。

あの人と私を唯一繋ぐ、この小さな存在が――

「溜息はあかんよ、なまえちゃん。幸せが逃げてくで?」

降って来た声と同時に頭の上に置かれた大きな手。

優しく笑いながら私の頭をなでる忍足先輩に、沈んでいた心が少し浮上する。

「そうそう。笑ってたほうが可愛いで。」

「えぇ!? い、いえっ とんでもないです!」

思ってもいなかった言葉に、かぁっと頬に熱が集まる。

「ホンマに可愛えな。」

「そんなっ、ぜんぜん…っ」

重ねて言われて、ますます照れてしまう。

「侑士―、マネからかってんなよ。」

私があわあわしていると、向日先輩があきれたような顔で忍足先輩に声をかけた。

「何や、岳人。別にからかってへんで。仲良うしとんのやから、邪魔せんといてや。」

「あのなぁ……おい、みょうじ、嫌ならちゃんと言ったほうがいいぜ?」

「いえ、その…」

どう答えていいか分からず、苦笑いでごまかす。

「なまえちゃん、そこは庇ってくれるところやないん?」

「え、えーと……あっ、そろそろ休憩終わりですよ。」

「ははっ、かわされてやんの。」

「うっさいわ。」

「おい、待てよ、侑士!」

「頑張ってくださいねー」

コートに戻っていく二人の背中を見送りながら、「ありがとうございます」と心の中でお礼を言った。

たぶん、忍足先輩は落ち込んでいる私に気付いて、気を使ってくれたのだろう。

「あ…」

コートに向けていた視線の先にあの人の姿を見つけて、私は思わず声をもらしてしまった。

(    )

その遠い姿を見つめて、今となっては呼べない名前を心の中でそっと呼んだ。

誰よりも愛おしい人なのに、その姿を見ると胸が押し潰されそうになる。

想うほどに苦しくなる。

きっと、私の想いは報われないから。

でも、それでも、少しでいいからそばにいたいと願ってしまう私は愚かだ。

(……違う。)

ただそばにいられるだけでいいだなんて、そんなの嘘だ。

本当は――



私を思い出してください

そう願わずにはいられない。


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