幼い頃の幸せな時間 | ナノ

忍足視点


俺がマネージャーに推薦したなまえちゃんは、本人の言葉通り真面目に仕事に取り組んでいた。

なまえちゃんは人当たりが良く、部にも馴染んでいるが、俺には一つだけ気になっていることがあった。

跡部を見る表情だ。

あの切なげで何か言いたそうな瞳。

跡部を好きだと、とても大切に思っていると、そう言っていた。

それなのに、なまえちゃんが跡部に近付くようなことは一切ない。

むしろ避けているような印象さえある。

それは決して、照れや恥じらいからではないように思う。


● ● ●


「忍足先輩、お疲れさまです。」

部活後の自主練を終えて部室のドアを開けると、なまえちゃんがまだ残っていた。

「ああ、お疲れさん。どうしたんや、こんな時間まで?」

「はい、片付けとかいろいろやっていたら遅くなってしまいました。」

何でもないように笑うなまえちゃんだが、一生懸命な姿には好感が持てる。

「そうか。頑張っとるな。」

「いえ、そんな……仕事ですから。では、お先に失礼します。」

「ちょい待ち。遅いから送ったるよ。」

立ち上がって鞄を手にしたなまえちゃんに、俺は咄嗟に声を掛けていた。

「まだ明るいから大丈夫ですよ。」

「どうせ途中までは一緒やろ。遠慮せんと、な?」

「……はい。ありがとうございます。」

気が引けるのか、なまえちゃんは遠慮がちに頷いた。



夕陽に染められた道を並んで歩く。

ちらりと横を盗み見れば、なまえちゃんは何か思い詰めたような表情をしていた。

「忍足先輩は……どうして、私を正マネに推薦してくれたんですか?」

「……勘、やなぁ。多分。」

視線をオレンジ色に染まっている空へと向ける。

「勘、ですか?」

「ああ。跡部んことを好きっちゅーか憧れとる子は多いんやけど……何か、自分は他の子とは違う気がしてな。」

本気だというのは勿論だが、それだけではない“何か”があるように感じたのだ。

あの日、隣にいた俺には目もくれず跡部だけを見つめていた瞳に。

「そうですか。……事情とか、聞かないんですね。」

「それは、まあ……自分が聞いて欲しいのやったら聞くけどな。」

「聞いて欲しいというか、忍足先輩には話しておくべきだと思っていました。」



遠くなる後姿は夕闇に溶けて消えてしまいそうだった。

(ホンマに……それでエエのか?)

小さくなっていく背中に、心の中で問いかけた。

ずっと一途に想っていた相手に忘れられていたというのは、確かにショックだろう。

だからといって、どうして黙って傍にいることを選ぶのか。

伝えられない想いを抱えて傍にいるのは辛いだけだろうに。



初恋のひたむきさ

それでも好きなのだと、君は…


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