幼い頃の幸せな時間 | ナノ

跡部視点


あの日、俺を呼び止めながら何も言わずに立ち去った女。

取るに足らない筈の出来事が妙に頭に引っかかる、そう思っていた時だ。

その女がテニス部のマネージャーとして俺の前に再び現れたのは。

忍足がわざわざ監督に推薦したらしいが、全く意味が分からなかった。

しかし、あいつは仕事の覚えは悪くないし、与えられた仕事はきちんとこなしている。

特に問題など無い。

だが、あいつの存在は――

「あっ……お疲れさま、です。」

不意に部室のドアが開けられ、入ってきたのは今まさに考えていたみょうじだった。



俺はイスに座ったまま、広げていた資料ではなく備品を片付けているみょうじの小さな背中を見ていた。

こいつは……よく分からない奴だ。

最初は俺に近付いてくる女共の一人かと思ったが、そういう素振りは無い。

それどころか寧ろ、俺に対してだけ距離を置いているような気がする。

その理由は何だ。

「部長、仕事が終わりましたので、お先に失礼します。」

礼儀正しく振る舞うみょうじだが、僅かに視線をずらして俺の目を見ない。

そして、俺を決して名前では呼ばない。

別に、どうでもいいことだが。

「ああ、ご苦労。」

音を立てないようにドアを閉めてみょうじが出て行き、部室には再び静寂が戻ってきた。

「何なんだ、あいつは。」

空気を震わせた自分の声には、苛立ちがはっきりと表れていた。

――何故、あの日俺を呼び止めた?

――何故、俺の近くに居る?

次々に浮かんでくる疑問。

あいつの事は何も分からない。

「全く……らしくねぇな。」

たった一人の存在を気にするなど。

だが、みょうじを見ていると、意味も無く胸の奥がざわつく。

はっきりとした感情ではない。

ただ、何か。

俺の中の何かを、掻き乱される。



遠い記憶

君のことなんて知らない、筈なのに。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -