幼い頃の幸せな時間 | ナノ

ヒロイン視点


窓の外には、すっきりと晴れ渡った青空が広がっている。

だけど、私は沈んだ気持ちで自分の部屋にいた。

せっかくの休日なのに、出かけるどころか、なにもする気が起きない。

「……はぁ…」

自然と出てしまうため息は何度目だろうか。

あの再会から数日が過ぎていた。

けれど、心の整理はできていない。

私は机の引き出しから真っ白なリングケースを取り出した。

丸型のリングケースのふたを開けて中身を手に取る。

あの人からもらった、とても大切な【たからもの】

窓から射し込む太陽の光を反射して、シルバーのリングの中央で蒼いイミテーションの石がキラキラと光る。

「そばに、いたいよ…。」

力なくこぼれた言葉は今の私の正直な気持ちだ。

でも、どうしたらいいのだろう。

あの人は私のことなんて忘れているのに。

……本当は、話をすればいいと分かっている。

昔のことを話せば、思い出してくれるかもしれないのだから。

けれど、確かめるのが怖い。

もし、完全に忘れられてしまっていたらと考えると、胸が押し潰されてしまいそうだ。

「でも…」

あの人の瞳と同じ色をした模造石がついている指輪を握り締める。

もう少しだけ、悪あがきをしてみよう。


● ● ●


一枚の紙を手にした私は緊張しながら昼休みの騒がしい廊下を歩いていた。

「なあ、自分…」

「えっ…?」

前から歩いてきた先輩と思われる人にすれ違いざまに声をかけられ、足を止める。

「この間、跡部に話し掛けてきた子やろ? 何も言わんとすぐに居なくなってもうたけど。」

どうして知っているのだろうと不思議に思っていると、眼鏡をかけている彼は苦笑いをこぼした。

「そん時、俺も隣におったんやけど……覚えてへんみたいやな。」

「え、あ…すみませんっ!」

あの時は、完全にあの人しか目に入っていなかったから、隣に誰かいたなんて記憶になかった。

「まあ、それは別にエエんや。それより、その手に持っとるのって入部届けなん?」

「……はい。その…テニス部の…」

やましいことではないのに、答える声が小さくなってしまう。

「単刀直入に聞くけど、跡部のことが好きなん?」

急に、ひどく真剣な声で問われ、私は目の前の人をまっすぐに見つめ返した。

「はい。とても大切な人です。……私にとっては、ですけど。」

自分で口にした言葉にチクリと胸が痛んだけれど、必死で気付かないふりをする。

「そうか。なら…」



私は賭けてみる

いや、これはとても臆病な祈りだ。


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