幼い頃の幸せな時間 | ナノ

ヒロイン視点


慣れない通学路を歩く私の心も足も弾んでいた。

この日を、どれくらい待ち焦がれていただろう。

やっと、あの人に会える。

あの人は私を今も覚えてくれているだろうか。

不安もよぎるけれど、期待のほうが大きい。

転校初日ということより、あの人のことで頭がいっぱいで心が落ち着かない。

新緑の葉の隙間からこぼれる陽の光が眩しくて、私は目を細めた。



放課後の廊下を一人歩く。

本当は真っ先にあの人に会いたかったけれど、転校初日ではそんな時間はなかった。

そして、今日一日でどれくらいあの人の話を聞いたのか。

誰に訊ねるまでもなく、あの人のことは勝手に耳に入ってきた。

今のあの人の立場というものが分かってしまった。

あの人は、もう私じゃ手の届かない存在のように思えて、たまらなく不安に駆られる。

「あ…っ」

視界に飛び込んできた姿に、思わず声が出た。

きっと間違いない。

その横顔にはあの頃の幼さは残っていないけれど、あの人だと確信した瞬間、私は走り出していた。

「あ、あの…っ」

呼吸を整えもせずに発した私の声に振り返った彼の言葉は、

「何だ、お前は。くだらない用件なら聞く気は無いが。」

私の不安を消してくれるものではなかった。

本当に私のことを覚えていないのだろうか。

縋るような気持ちで、深い蒼色をした瞳を見つめる。

けれど――

「……なんでも、ないです。……失礼しました。」

私は頭を下げて、逃げるようにその場から立ち去った。

なんの感情も込められていない蒼い瞳。

あの人は【わたし】を分かってはいなかった。

幼い日の約束は忘れられてしまったのだ。

あの人にとっての私は、その程度だったということか。

「…っ、……うっ……バカ、みたい…」

あふれる涙を止められない。

泣きながら歩く私に周りの視線が向けられるけれど、今の私に涙を止める術はなかった。

今まで、ずっとずっと大事にしてきた【やくそく】

それが果たされることはもうない。

幼い日の思い出など色褪せてしまっていたのだ。

だけど、あの頃の私は幼かったけれど、本当に好きだった。

ずっとずっと好きだった。

それだけは変わらない私の真実だ。



私の最良の日は過ぎた

あの日のあなたは、もういない。


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