幼い頃の幸せな時間 | ナノ

跡部視点


脳裏に浮かぶ幼い少女の面影。

唯一の大切な存在。

絶対に見つけると、必ず迎えに行くと、俺はそう約束した。

それなのに、俺は忘れてしまっていた。

そして、気付きもしなかった。

俺のすぐ傍に居てくれたというのに。

早く会わなければ。

会って、確かめなければ。

この確信が間違いではないと。



朝、学校に着いてすぐに2年の教室まで行ったが、そこにみょうじの姿は無かった。

周りの視線を黙殺し、教室の前の廊下で待っていると、みょうじはぎりぎりの時間に登校してきた。

俺はみょうじを有無も言わさず屋上に連れ出した。

頼りなく細い腕から手を離し、みょうじと向かい合ったところで本鈴が鳴った。

「あ、あの…?」

当然のように戸惑っているみょうじの頬にそっと触れ、腫れてはいないことに少しだけ安堵する。

だが、目元は赤くなっており、泣きながら寝たのだろうと容易く想像がついた。

自分の大切な存在を傷付けられたことに、改めて怒りが込み上げる。

だが、それ以上に――

「悪かった。」

「……え?」

「昨日のことは忍足から聞いた。二度とさせないから安心しろ。」

「っ、……ごめんなさい、私の不注意でご迷惑を…」

何も悪くないというのに、俺に頭を下げるみょうじの姿に、苦いものが胸に広がる。

守らなければいけなかったのに。

俺が、守るべき人なのに。

「謝るな。俺の責任だ。」

「そんなことは…っ」

顔を上げたみょうじの目の前に、ポケットから取り出した“それ”を差し出す。

「これはお前のものだろう?」

「っ、……どうして…」

息を飲んだみょうじの目が驚きに見開かれる。

「随分と待たせたな。……まだ間に合うか?」

差し出された“それ”から目を離して、真っ直ぐに俺を見つめたみょうじの唇が震える。

「……好き。」

つうっと、緩やかに頬を伝う一筋の涙。

「ずっと、あなたが好きでした。」

柔らかく細められた目から流れる透明な涙を指先で拭う。

「俺もお前が好きだ。遅くなってすまない。」

その左手を取り、遠い日からの約束の証であるイミテーションリングを薬指に嵌める。

「いいの。……ありがとう、景吾くん。」

泣きながら微笑む顔に、あの日の少女の面影が重なる。

「漸く、俺を名前で呼んだな……なまえ。」

俺も微笑い返して、握ったままの左手の甲に誓いと想いを込めて口付けた。



君の位置は決まっている

これからは、ずっと隣に。


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