幼い頃の幸せな時間 | ナノ

跡部視点


とっくに部活は始まっているというのに、みょうじと忍足が来ていない。

忍足はともかく、みょうじは部活を無断でサボるような奴じゃない筈だ。

コートの入り口へ何度目かの視線を巡らすと、忍足がやって来たのが見えた。

「悪い、遅れたわ。」

「分かっているだろうが、遅刻した分は…」

「ああ、分かっとる。それから、なまえちゃんは帰らせたわ。」

「理由は?」

俺の当然の問いに、忍足は表情を翳らせた。

「お前のファンの子らに絡まれて……ちょっと、な。」

「何だと!?」

それを聞いた瞬間、俺は反射的に忍足の胸ぐらを掴んだ。

「落ち着けや。怪我はしてへん。なまえちゃんは無事や。」

「お前は黙って見てたのか?」

ジャージの胸ぐらを掴む手に力が籠もる。

「そんな訳無いやろ。俺が見つけたんは絡まれた後や。」

「……悪い。」

忍足から手を離し、早急に対処しなければならないと考える。

「ええわ、別に。それより跡部、話は変わるけどな……これ、持ち主に返しといてや。」

忍足は俺に何かを押し付けると、俺に背を向けて歩いていった。



自室のソファーに座りながら、忍足に渡されたイミテーションリングを見る。

綺麗にカットされた蒼い模造石が据えられた銀色の指輪には、微かに見覚えがあるような気はするのだが、全く思い出せない。

部活終了後に忍足に尋ねたが、明確な答えは得られなかった。

『その指輪の持ち主が誰なのか、自分は絶対に知っとる筈や。』

それ以上、忍足は何も答えなかった。


● ● ●


「もう、あえないの。」

「なんでだよ?」

「にほんにかえるの。だから、もうあえないよ…」

「だいじょうぶだ。ぜったいに、またあえる。」

「……ほんとうに?」

「ああ。どこにいたって、おれがおまえをみつけてやる。かならず、むかえにいく。」

「じゃあ……やくそく?」

「ああ、やくそくだ。」

「うん!」

「これ、やるよ。」

「なあに?」

「やくそくのしるしだ。」

「これ…っ」

「ほしかったんだろ?」

「うんっ、ありがとう!」

「なくすなよ。」

「なくさないよ! わたしのたからものだもん。ずっとだいじにする!」

「ああ、ちゃんとだいじにもってろよ。つぎにあったら、そのときはおまえを……」


● ● ●


「……朝か。」

カーテンの隙間から射し込む朝日で目が覚めた。

夢を見ていたような気がする。

何か、とても大切な――

「!!」

飛び起きて、サイドテーブルの上に置いてあった“それ”を手に取る。

これは俺が“あいつ”にやったものだ。

『やくそくだよ。』

記憶の中の少女が淋しそうに笑った気がした。



約束を守ってください

あんなに大切だったのに、俺は…


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -