あなたとなら幸せになれる | ナノ

忍足視点


一人になりたかった俺は朝練が終わってからずっと部室にいた。

何をするでもなく、机の上に突っ伏して自分の腕に顔を埋めている。

「しんど…」

無意識に口から溢れた自分の声は、思いのほか重かった。

別に、周囲と上手くやるのは難しいことじゃない。

本心を隠して愛想よく振る舞うくらい、なんてことはない。

その筈なのに、無性に疲れる時がある。



重い苦しい気分に支配されていると、背後のドアが開く音がした。

「ぁ…っ」

次いで聞こえたのは、ぎりぎり聞き取れるかどうかの小さな声。

おそらく、女の子の声だったように思う。

俺が寝ていると思ったのだろう、少し躊躇った後に、その子は静かな足取りで中に入ってきた。

今の気分では誰とも話す気になれず、俺はそのまま寝ているフリを続けた。

暫くの間していた微かな物音が止むと、さっきの子が自分に近付いてくる気配がした。

起こされるのだろうと身構えたが、俺の予想は外れた。

ただ、優しい温もりがそっと背中に触れた。

小さな手が、あやすようにトントンと背中を叩く。

その誰かの手の温もりが心地良くて、俺は妙に安心した。



「思いっきり寝とった。」

いつの間にか本当に寝ていたらしい。

そして、目を覚ました俺は目の前に置かれている缶コーヒーに気付いた。

缶には【よろしければどうぞ】と見覚えのある字で書かれた付箋が貼ってあった。

度数の入っていない眼鏡を掛け、周りを見回しても部室には誰もいない。

「折角やし、頂いとこ。」

水滴が付いた缶のプルタブを開け、口に運ぶ。

温くなったコーヒーが、今は何故か美味しく感じられた。



「こんにちは、なまえちゃん。」

放課後、生徒玄関でなまえちゃんの姿を見つけて声を掛けた。

「忍足先輩、こんにちは。」

振り返ったなまえちゃんの髪が揺れ、微かな香りが鼻先を掠めた。

その香りと付箋の字に見覚えがあると思っていたことで、やはりと確信する。

「なまえちゃん、今日の昼休み…」

言葉の途中で、なまえちゃんは静かに俺を見上げた。

「私はなにも見ていません。」

柔らかな光を宿した瞳と緩やかに弧を描いた唇。

こんな風に綺麗に笑う子だったなんて、知らなかった。



君は僕の心に安らぎを与える

その優しさに触れてしまった。


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