![]() ヒロイン視点 「あの、こんなことでいいんですか?」 膝の上に横向きに座らされて、落ち着かない私は先輩をおずおずと見上げた。 眼鏡越しの柔らかく細められた瞳には頬を染めた私が映っている。 「ああ、これで十分や。」 ぎゅうっと抱きしめられ、心臓がどきどき鳴って体温が上がる。 「でも、もっと他に…」 「何で急に『お願いごと聞きます』なんて言い出したん?」 私の言葉をさえぎった先輩だけど、優しく頭をなでてくれる。 これ以上は顔を見られないように先輩の肩口に額を押し付けて、私はゆっくりと口を開いた。 「侑士先輩のこと、喜ばせたかったんです。いつも私のほうが幸せにしてもらってるから、私からもなにかしたくて…」 「そんな風に思うてたん? 俺やって、いつもなまえに幸せにしてもろうとるのに。…俺はなまえがおってくれたら、それでええ。」 「でも、それだけじゃ…」 肩口から顔をあげて先輩を見れば、甘く柔らかく微笑まれた。 「なまえが傍におってくれたら、それで俺は幸せなんや。」 その言葉が嬉しくて、それなのに少し泣きそうになって、私は精一杯の笑みを浮かべた。 「じゃあ、侑士先輩は一生幸せですね。」 もう絶対に、大切なものは手放さないと決めているから。 「そんなん言ってええの? 一生、離さへんで?」 「はい、ずっと離さないでいてください。」 手を伸ばして度の入っていない眼鏡を外すと、先輩は少し驚いたように目を瞬かせた。 「大好きです、侑士先輩。」 ばくばくとうるさい自分の心臓の鼓動を感じながら、先輩の唇に自分の唇をそっと重ねた。 自分からするのは初めてで、恥ずかしくてたまらなくて、私はすぐに先輩の胸に顔を埋めた。 先輩は「ほんまに幸せや」と噛み締めるように言って、またぎゅうっと私を抱きしめた。 「なあ、なまえ。」 しばらく抱き合っていたら、不意に先輩が私の名前を呼ばんだ。 どうしたのかなと、抱き着いたまま先輩の顔を見上げる。 「なんですか?」 「何も要らん言うたけど、一個だけなまえに叶えて欲しいお願いがあんねん。」 「はい、なんでも言ってください。」 私にできることなら叶えてあげたい。 「あんな…俺んこと呼び捨てにして、敬語も止めて欲しいんや。」 「……え。」 「距離があるみたいで嫌やねん。」 先輩は黙り込んだ私の髪に指を通して、毛先をもてあそびながら返事を待っている。 「やっぱり、駄目か?」 「……大丈夫です。…たぶん。」 私には少し難しいけれど、先輩の望みなら断れない。 「ほな、呼んでみてや。」 「今、ですか?」 すぐに変えるのは無理だというニュアンスを含みながら聞き返すと、にっこりと笑いかけられた。 すごく照れてしまうけれど、私は先輩に喜んで欲しいから。 「……ゆ…ゆう、し……侑士が好き、だよ。」 「っ、……こないに俺を喜ばせて…なまえは俺をどうしたいん?」 本当に嬉しそうに微笑んだ先輩の頬がほんの少しだけど紅くなっている。 「あのね、幸せにしたいの。」 「もう幸せや。それに、なまえも幸せやないと意味ないんやで?」 熱を帯びている私の頬に先輩の唇が触れた。 「そんなことないですよ。侑士先輩が幸せだったら私も幸せだから。」 自分の額を私の額にくっつけて顔を覗き込んでくる先輩に微笑みかける。 「戻っとるで?」 「う……急には、無理ですよ。」 「まあ、徐々に慣れていってな?」 「はい…じゃなくて、……頑張るね。」 「ああ、期待しとるからな。……好きやで、なまえ。」 頬を包まれて、そっと目を閉じれば、優しく唇が重ねられた。 幸福はあなたのもの あなたの幸福が私だというのなら。 ← |