あなたとなら幸せになれる | ナノ

跡部視点


窓から夕陽の優しい光が差し込む廊下。

こうやって顔を合わせるのは数週間ぶりだろうか。

先に気付いたのは俺のほうだった。

「お疲れさまです。」

俺に気付いたみょうじは少し寂しげに、けれど、穏やかに笑った。

笑った顔など、これまで一度も俺には見せた事が無い。

初めて俺に向けられた表情に、朧気だった幼い少女の面影が重なった。

「お前は…」

気が付けば、俺はみょうじの顔を覗き込んでいた。

「お前、だったのか?」

そっと柔らかな頬に触れれば、指先に伝わってくる温もり。

途端にみょうじは泣き出しそうな顔をして、それを見た俺は確信した。

どうして、気が付かなかったんだ。

こんなに近くに…すぐ傍に居たというのに。

「何故…言わなかったんだ。」

忘れていた俺に責める権利は無いというのに、非難がましい言葉が口から零れた。

だが、これで分かった。

みょうじの存在が俺を落ち着かなくさせる理由が。

きっと、心の何処かでは覚えていたのだろう。

「……それ、は…」

「どうしてだ…っ」

口を開きかけたみょうじを、俺は衝動的に抱き締めた。

「どうして、俺は…」

俺は後悔を滲ませた声を洩らしながらみょうじを掻き抱く。

こいつは俺の――

抵抗こそしないみょうじだが、その細い腕は俺を抱き締め返してはこない。

小さな身体を抱き締める腕を解いて、もう一度、みょうじの顔を覗き込む。

何も言わずに俺を見つめ返すみょうじの瞳は頼りなく揺れていた。

「お前はまだ…」

「何してんねや?」

後ろから聞こえた忍足の声が俺の言葉を遮った。

そして、忍足が来たことに安心したような表情をしたみょうじ。

それを見た俺はみょうじから離れた。

「何でもねぇよ。」

後ろにいる忍足の方には振り返らず、俺はみょうじの横を通ってその場を後にした。



帰らぬ日々

もう手遅れだと、君の瞳が物語っている。


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