![]() ヒロイン視点 あの人に【たからもの】だった指輪を返してから少し経ったけれど、思っていたよりは大丈夫みたいだ。 まだ時折、この胸は痛むけれど。 大丈夫な理由は、報われることを諦めていたからではないと思う。 きっと、忍足先輩の存在が大きい。 忍足先輩はとても優しい眼差しを向けてくれて、私はとても温かい気持ちになる。 それが私の痛みを和らげてくれているのだろう。 だけど次第に、私は別の痛みを感じるようになっていた。 好きだと言ってくれた忍足先輩の気持ちを、私は利用しているのではないだろうか。 「なまえちゃん、どうかしたん?」 その落ち着いた低い声に、意識を引き戻された。 「いえ、なんでもないです。」 心配そうな表情を浮かべる忍足先輩に、私は明るく返してフォークを手に取った。 今日はテニス部は休練日で、忍足先輩に誘われて放課後に寄り道をしているのだ。 「いただきます。」 目の前に置かれた、お皿の上のおいしそうな苺のショートケーキの先にフォークを入れる。 口に運んだケーキは、ふわふわのスポンジに上品な甘さのクリームが絶妙に合っていて、思わず笑みがこぼれる。 「おいしい。…すごくおいしいです!」 ぱっと顔を上げると、向かい側に座っている忍足先輩と思いきり目が合った。 「良かったな。」 私を映した忍足先輩の切れ長な瞳が柔らかく細められる。 そんなふうに笑われると、私は―― 「やっぱり、女の子には甘いもんやなぁ。」 「え?」 切り取ったケーキに刺そうとしたフォークが止まる。 ケーキから目の前の忍足先輩に視線を戻すと、甘く微笑まれた。 「甘いもん食べて可愛え顔しとるなまえちゃんを見るんが楽しい思うててん。」 照れた様子もなく言って、忍足先輩はブラックのコーヒーが入ったカップを傾けた。 言われたほうの私は照れてしまって、頬がじわりと熱を持つのが分かった。 それをごまかすように、カフェの窓から外に顔を向ける。 青く澄んだ空には白い大きな雲が浮かんでいて、本格的な夏の訪れを告げていた。 忍足先輩は返事を急がないと言ったけれど、それに甘えたままでいいのだろうか。 真っ直ぐに向けられている好意に甘えたままで。 でも、私は自分の気持ちが分からない。 あの人のことを考えると、まだ心は苦しい。 そして、忍足先輩のことを考えると―― 傷付いた心を癒す あと少しだけ、このままでいさせてください。 ← |