柳視点 みょうじの姿が完全に見えなくなってから後ろを振り返り、 「そこにいるのだろう、仁王。」 廊下の角に向かって声を掛ければ、銀髪の詐欺師が薄い笑みを浮かべながら姿を現した。 「ご名答ナリ。」 「お前は…どういうつもりだ?」 「そんな睨まんでもいいじゃろ。」 「仁王。」 険しくなった俺の声に、仁王は大袈裟に肩を竦めてみせた。 「怖いねぇ、参謀は。“柳先輩”とは、えらい違いじゃ。」 仁王の物言いに、自分の眉根が寄るのが分かる。 「取り敢えず、彼女に迷惑を掛けるのは止めてもらおうか。」 「分かっとうよ。…それはそうと、今のままで満足なん?」 「お前には関係無い。」 温度の無い声で言い捨て、見透かしたような目で俺を見る詐欺師を睨み付けた。 ● ● ● 「む、…またか。」 「どうした、弦一郎?」 「注意してくる。」 歩き出した弦一郎の視線の先には、いつものようにカメラを手にしたみょうじの姿があった。 時々いる、練習中の部員の写真を撮る輩(どうにも理解し難い)だと彼女の事を誤解したらしい。 「待て、弦一郎。彼女は違う。」 「蓮二…知り合いか?」 「ああ、俺が行こう。」 足を止めて振り返った弦一郎に頷き、その横を通り過ぎる。 テニスコートから出て行くと、みょうじが小さな歩幅で駆け寄ってきた。 「柳先輩、こんにちは。休憩ですか?」 「ああ。」 みょうじに気を遣わせないよう肯定しておく。 「珍しいな、お前がテニス部の練習を見に来るとは。」 「近くを通りかかったので、少し見学していました。」 「そうか。」 何という事も無い会話だ。 だが、みょうじと言葉を交わすだけで己の心が弾むのを自覚して、内心で苦笑する。 「では、私はこれで失礼しますね。部活、頑張ってくださいっ!」 「ああ、有難う。」 そう言うと、みょうじは校舎の方へ戻って行った。 飛び切りの笑顔を残して。 「アイツがそうだったのか。」 「丸井先輩、知ってるんスか?」 「この間ちょっと会ったんだよぃ。」 「へー……なんか普通ッスね。別に計算高くはなさそうな感じっつーか。」 「むしろ、あれは鈍いぜよ。」 「ふーん? なら、柳の好みと違うじゃん。」 「まあ、好きなタイプと実際に好きになる相手が同じとは限らんしのぅ。」 「そんなもんですかねぇ?」 「おい、お前ら…」 「随分と楽しそうな話をしているな。」 注意しようとしたジャッカルを遮って声を掛けると、三人は揃って身体を強張らせた。 「あ、あのっ…」 「話せば分かるって、な!」 「…プリッ」 ゆっくりと振り返った三人に向かって、俺は僅かに口の端を持ち上げた。 「お前達は余程、追加メニューをこなしたいらしいな?」 「勘弁してくださいよ!」 「それは遠慮するぜぃ…」 「…横暴じゃ。」 想像したほど悪くない 誰か一人に心を奪われるというのは。 ← |