柳視点 「柳先輩っ! ……はぁ…は、ぁ……ま、間に合いました…っ」 朝練が終わり、教室に向かう途中で呼び止められて振り返れば、息を乱したみょうじが立っていた。 「みょうじ、廊下を走るのはいけないな。」 「は、はいっ、すみませんでした! …それで、昨日のジャージをお返しに来ました。どうもありがとうございました。」 折目正しく頭を下げたみょうじからジャージの入った紙袋を受け取る。 微かに洗剤の匂いがするジャージは綺麗に畳んである。 「態々洗濯したのか。すまなかったな。」 「いいえ、当然ですからっ」 向けられる屈託の無い笑顔が眩しい。 「お前は……可愛いな。」 「え! やっ、柳先輩?! あの、大丈夫ですか?」 「何がだ?」 「だ、だって…私に……か、可愛いなんて…どこかお悪いのでは?」 みょうじは桃色に染まった頬を自分の両手で押さえる。 その仕草も愛らしいと思う。 「俺は至って正常だ。」 「す、すみませんっ ……でも、そんな…」 いつもは真っ直ぐに俺を見るみょうじが視線を宙に泳がせる。 「お前は可愛いよ。特に、笑った顔がな。」 「っ、……し、失礼しますっ!」 俺が思っている儘を言うと、みょうじは耳や首筋まで紅く染め上げて走っていった。 「やれやれ、廊下は走るなと言っただろうに。」 呆れたような言葉とは裏腹に俺の口許は緩んでいた。 ● ● ● (あれは…) 部活を終えて学校を出た後、海岸の砂浜に小さな後姿を見つけて足を止める自分に内心で苦笑した。 俺はみょうじを見つけるのが上手くなったと思う。 眼前に広がるのは、茜色に染まった空と雲、そして黄金色に輝く海。 この風景は、みょうじの目にはどのように映っているのだろうか。 「柳先輩!」 声がした方に視線を向ければ、みょうじが海岸からの階段を上がってきた所だった。 「今日も熱心だな。」 「はいっ 今日は海岸に咲いている花と、夕陽も撮っていました。」 「ああ…今日は随分とはっきり見えるからな。」 言いながら、燃えるような色をした夕陽に目を向ける。 「綺麗ですよね。なんでも撮りたくなって困ってしまいます。」 隣を見れば、みょうじは楽しそうに笑っていた。 「お前の目に映る世界は、綺麗な物で出来ているのだな。」 少し、みょうじが羨ましいと思った。 「…そうですね。最近は特に楽しいことが多いので、世界がキラキラして見える気がします。」 「そうか。」 無邪気そのものの様な笑顔は、俺には少し眩し過ぎるかもしれない。 「柳先輩は……なにか悩みごとがあるのですか?」 「そういう訳じゃない。気にするな。」 心配そうな顔をしたみょうじに、俺は表情を和らげて低い位置にある頭をそっと撫でた。 「そう、ですか。」 「ああ。」 みょうじの頭から手を離し、夕陽が沈みかけて繊細なグラデーションに彩られた空に目を向ける。 隣で、カメラのシャッターを切る音がした。 甘美なる物は甘美なる者へ 君の世界が、ずっと美しければいい。 ← |