柳視点 「では、ここで。」 「はい。…さようなら、柳先輩。」 「…待ってくれ。」 軽く頭を下げてから俺に背中を向けたみょうじを半ば無意識に呼び止めてしまった。 「あの、どうかされましたか?」 振り返ったみょうじは、当然ながら不思議そうな顔をしている。 「また来るといい。…うちの庭で、これから他の花も色々と咲く。」 俺は咄嗟に考えた口実で言い繕った。 「いいのですか? ぜひ行きますっ」 顔を綻ばせるみょうじを見て、俺は何か温かなものが胸の中に広がるのを感じた。 ● ● ● (いつになるのだろうな。) 俺は読みかけの本に手作りの栞を挟んだ後、みょうじのことを思い出していた。 「随分と楽しそうじゃのぅ?」 「っ、…仁王。」 突然した声に横を向けば、仁王が開けられた教室のドア枠に寄り掛かりながらこちらを見ていた。 「参謀にしては油断し過ぎじゃなか?」 「何の事だか。それで、お前は何をしに来た?」 「ただの通りすがり、じゃよ。」 話しながら、仁王の斜め後ろで廊下から教室の中を窺っているみょうじと目が合った。 「フッ……じゃあの。」 仁王は肩越しにみょうじを一瞥すると、口の片端だけを上げる嫌な笑い方をして去って行った。 「すみません、柳先輩、あの…」 「今、行く。」 教室の入口まで近付いてきたみょうじを手で制し、俺は椅子から立ち上がった。 ● ● ● みょうじと約束をしていた週末は天候に恵まれ、空は清々しく晴れ渡っていた。 「熱いから気を付けろ。」 お盆に乗せて運んできたお茶を縁側に座っているみょうじの側に置く。 「はい、ありがとうございます。…いただきます。」 「ああ、どうぞ。」 みょうじの隣に腰を下ろし、自分もお茶の注がれた湯呑みを手に取った。 緩やかに吹いた風が頬を優しく撫でていった。 「この間も思いましたが、本当に素敵なお庭ですね。」 湯呑みから口を離して息をついたみょうじは庭を眺めたまま口を開いた。 「有難う。この庭は祖父が主に手入れをしているんだ。花が好きな祖母の為に。」 「だからなのですね、どこか温かみを感じるお庭なのは。人の気持ちがこもっているから。」 「それはお前の写真も同じだ。」 「はい?」 不思議そうに俺を見たみょうじを見返す。 「初めて見た時、温かい…優しい写真だと思った。」 「そんな…っ」 頬を染めたみょうじは、照れた様子で手に持っている湯呑みに視線を落とした。 「俺は世辞など言わない。」 「……ありがとう、ございます。嬉しいです。そんなふうに言っていただけるなんて…っ」 「本当に、写真を撮るのが好きなのだな。」 「はいっ、大好きです!」 「っ、…そうか。」 俺を見上げて屈託無く笑ったみょうじの言葉は自分に向けられたのでは無いと分かっている。 だが、僅かに動揺した自分がいた。 君の魅力が心に刻まれる その純粋さに惹かれるのは、自分には無いからか。 ← |