ヒロイン視点 「あれ、お前…」 「こんにちは。先日はありがとうございました。」 放課後になり、写真部の部室に向かう途中でこの間の赤い髪の人に会った。 確か、この人もテニス部の人だったと思う。 (丸井先輩、だったかな?) 「それは別にいいんだけどよ。…あ、そーだ。お前、ガム持ってねぇ?」 「ええと、……確か持っていたと思います。少し待ってください。」 学生鞄のポケットを探ると、グレープ味のガムが出てきて、それを丸井先輩に差し出す。 「これで良ければどうぞ。」 「サンキューな。ところでさ、今週末にウチで他校との練習試合があんだよ。お前、見に来いよ。」 包み紙を開いてガムを口に入れると、丸井先輩は急にそんなことを言い出した。 「お前が来れば、柳が喜ぶしな。」 「柳先輩が喜ぶ、ですか?」 「そーそー」 首を傾げる私に、丸井先輩はニコニコ笑ってうなずく。 どうして私が行ったら柳先輩が喜ぶのかわからないけれど、柳先輩の試合する姿を見てみたいなと思う。 「では、応援に行かせていただきますね。」 「よしっ、絶対だからな!」 「わわ…っ」 丸井先輩はぐしゃぐしゃと少し乱暴に私の頭をなでた後、走っていってしまった。 ● ● ● 練習試合の当日になってテニスコートに来ると、ギャラリーの多さに驚いた。 そんな中、フェンスの一番前に友達の姿を見つけ、なんとかそこまでたどり着いた。 「来てたんだね。」 「なまえ! あんたが来てるなんて意外。テニス部に興味なかったんじゃ…ああ、柳先輩と知り合いなんだっけ?」 「うん、廊下とかで会うと声をかけてくれて、たまにお話ししたりするよ。」 「すごい仲良いじゃん。いいなぁ、うらやましい。」 「そう、かな? 柳先輩は優しいから、親切にしてくれてるだけだと思うけど。」 「えー……それって、多分そういうことだけじゃ…」 「? なに…」 聞き返そうとした私の声は、急に上がった歓声にかき消されてしまった。 それに、友達の視線はテニスコートに向いていて、話の続きをするのは無理そうだった。 練習試合は危なげなく進み、立海が勝利をおさめていっていた。 審判に名前を呼ばれて、今度は柳先輩がコートに入る。 試合だからなのか、コートに立った柳先輩はいつもとは雰囲気が違っていた。 普段の穏やかで柔らかな感じはまったくなくて、冷たく曇りのない刃のような印象を受ける。 試合をしている先輩はすごく格好良くて、胸がどきどきした。 まるで先のことがわかっているかのように相手の裏をかき、容赦なく追い詰めていく。 (なんだか少し、怖いくらい…) 淡々と試合は進み、あっという間に柳先輩が勝った。 その姿を見て、結果が全ての勝負の世界にいる人なのだと、改めて思った。 今まであまり考えたことはなかったけれど、自分が普段知っている姿は、柳先輩のほんの一部でしかないのだろう。 今日見た柳先輩はぜんぜん知らない人のようで、すごく遠くに感じる。 急に胸が苦しくなって、私は制服の胸元をぎゅっと握りしめた。 「なまえ、どうかしたの?」 「ううん、なんでもないよ。」 曖昧に笑い返せば、友達は再びコートに視線を戻した。 大切な気持ち どうして、気付いたら苦しくなるの? ← |