偽りの言葉 | ナノ


仁王視点


静まり返った闇の中、窓の外では静かに雨が降っている。

閉め切られた部屋は、この季節特有の湿った空気で満たされ、それが肌に纏わり付くようで不快だ。

寝ていたベッドから身体を起こし、手探りでエアコンのリモコンを見つけて除湿のスイッチを入れた。

リモコンをそこら辺に置き、少し離れた床の上に視線を移す。

そこにはタオルケットに包まり、身体を丸めて眠っているなまえの姿がある。

俺にはよく分からないが、フローリングの上が好きらしい。


――何度、なまえを求めたのだろうか。

いくら身体を重ねても、心は少しも近付かない。

ただ空しくなるだけの関係。

寂しかったのは、むしろ自分の方だったのかもしれない。

俺は自分の姿をなまえに重ねていたのだろうか。

なまえがもう一人の自分なら、心が満たされる筈がない。

独りでいるのと何も変わらないのだから――


「くだらないのぅ。」

俺達は紛れもなく別々の人間だ。

ベッドから下りて眠っているなまえに近付くと、その頬を濡らしている涙に気付いた。

床に膝を付き、透明な雫を指先で拭って、冷えた頬を撫でる。

ゆっくりと目蓋が開き、焦点の合わない瞳が暗闇の中で俺を映した。

けれど、その瞳はすぐに閉じられた。

俺を見ない瞳に、少し胸が痛んだ気がした。


● ● ●


見ているだけで気分が重くなるような鉛色の雲が広がっている空を見上げる。

まだ梅雨明けには遠く、鬱陶しい天気が続いている。

ぽつり、と雨粒が頬に落ちてきた。

溜息を一つ吐いて傘を広げると、雨足はすぐに強くなった。

角を曲がったところで、傘を差さずに歩いている後姿が目に飛び込んできた。

「何しちょるんじゃ、あいつは。」



「ちゃんと拭きんしゃい。」

「……………」

全く反応のないなまえの手からタオルを取り上げて髪を拭いてやる。

落ちている様子のなまえだが、ここまで分かり易いのは初めてだ。

しかし、今日のなまえは何故か俺に甘えてこない。

普段ならば、落ち込んでいるような時には自分から擦り寄ってくるというのに。

未だになまえの事は分からない。

俺は自分の心さえ分からないまま、なまえを抱き締めた。

腕の中の小さな身体が震えているのは、単に寒さの所為なのか――



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