そばにおいて | ナノ

ヒロイン視点


放課後になり、はやる気持ちを抑えて廊下を進み、生徒玄関を出た私の足どりは軽い。

今日はテニス部の練習がない日で、先輩と一緒に帰ることになっているのだ。

校門の近くに立っている先輩の姿が目に飛び込んできて、たまらず私は駆け出した。

「若先輩っ!」

基準服のスカートを揺らしながら走って先輩のところにたどり着き、少し弾んだ息を整える。

「すみません、お待たせしてしまって。」

「別に。大して待っていない。」

淡々と言う先輩の表情は読めないけれど、たぶん『気にするな』ということなのだろう。

「行くぞ、なまえ。」

当然のように学生鞄を持っていないほうの手を取られて、先輩と一緒に歩き出す。

先輩の隣にいられるのが嬉しくて、どうしたって私の口もとはゆるむ。

「いつも笑ってばかりだな、お前は。」

「…先輩の前だから、ですよ。」

こうやって好きな人のそばにいることを無条件に許されているから。

「っ、……そうかよ。」

ぶっきらぼうな声に、こっそりと隣の先輩を見上げる。

思ったとおり先輩の耳は少し赤くて、私はくすりと小さく笑った。

「何笑ってるんだ。」

眉をしかめてこちらを見た先輩だけど、私は笑ったまま繋いでいる手をぶんぶん振った。

「なんでもないですよ。」

「……全く。本当にお前は…」

呆れたように息をはいた先輩は『仕方のない奴だ』とか『変な奴だ』などと続けるのだろう。

そう思ったのに。

「可愛い奴。」

前を向いた先輩が呟いた声は小さかったけれど、すぐ隣にいる私にはしっかり聞こえた。

ぶわっと顔が一気に熱くなる。

こんなの不意打ちにもほどがあるし、普段はそういうことを言わない先輩の言葉は威力が高すぎる。

思わずそらした視線を戻せないでいると、先輩がフッと笑った気配がした。


● ● ●


私は落ち着いた雰囲気のカフェで先輩と向かい合わせに座っていた。

時間があるからと、通学路を外れて寄り道をしたのだ。

先輩の前にはコーヒーのみで、私の前にはコーヒーとケーキが並んでいる。

「あの、今度の日曜日は練習試合があるんですよね?」

フォークをケーキの皿に置いて、向かい側の先輩を見る。

「そうだが……話したか?」

「いえ、友達から聞きました。テニス部…というか、跡部先輩のファンが多いので自然と情報が入ってくるんです。」

「…そういうことか。」

納得したように先輩が相づちを打つ。

「はい。それで……先輩の応援に行ってもいいですか?」

断られることはないと思うけれど、少し落ち着かなくてテーブルの下でスカートの裾をいじる。

「俺に許可を取る必要はないだろ。」

「それは……そうかもしれませんが…」

素っ気なく返されて、つい口ごもってしまう。

「だから、お前ならいつでも歓迎するってことだ。」

眉間を寄せた先輩がコーヒーカップに口をつけるけれど、あきらかに照れ隠しだと分かった。

それに『歓迎』という言葉が嬉しくて、口もとがゆるむのを抑えられない。

「じゃあ、若先輩のこと見に行きますね。」

そう言い直して返すと、先輩は片手で頬杖をついて窓のほうに顔を向けた。

「勝手にしろ。」

先輩の少し気難しそうな横顔を見つめてから、コーヒーカップを傾ける。

ミルクの入ったコーヒーが喉を通り、香りが鼻を抜ける。

「随分と楽しそうだな。」

ほっと息をついてコーヒーカップを置くと、顔の向きを変えずに先輩が口を開いた。

「楽しいに決まっているじゃないですか。先輩は楽しくないんですか? 私と一緒にいて…」

ずるいかなと思いながら横顔に視線を送る。

こちらに視線だけをくれた先輩と目が合ったけれど、すぐにそらされてしまった。

「分かってて聞いてるだろ。」

不機嫌そうに返した先輩が小さくため息をつく。

「俺がお前と一緒にいることが答えだ。」

やっぱり簡単には甘い言葉は言ってくれないらしい。

でも、先輩の気持ちは伝わったから、どうしたって笑みがこぼれる。

「フン……」

わざとらしく鼻を鳴らした先輩を見て、私はさらに笑った。


(2024.01.21)

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