ヒロイン視点
今日は自分の部活が休みだったから、私は放課後にテニスコートへと向かった。
ギャラリー(ほぼ女子生徒)が多くてあまり近くには行けないから、私は少し離れた場所から先輩の姿を探した。
まだ練習は始まっていなくて、談笑している人達も少なくない中、一人で黙々とストレッチをしている先輩の姿はすぐに見つかった。
その真剣な横顔に惹きつけられる。
先輩に見惚れていると、ギャラリーから歓声が上がって、部長さんが来たのだと分かった。
いつものことではあるけれど、ものすごい人気だ。
だけど、部長さんがみんなの注目を集める理由は解る気がする。
報道委員での最初の仕事は、生徒会長でもある部長さんにインタビューする先輩の手伝いだったのだけど、緊張しつつもその時のことはよく覚えているから。
● ● ●もう少し、もう少し…と思っていたら、結局最後まで練習を見てしまった。
先輩に見つからないうちに早く帰らないと。
もし、ずっと先輩を見ていたことを知られたら恥ずかしい。
練習に集中していた先輩は私の存在に気付いていないだろうけど、万が一ということもある。
帰り始める他の生徒の中に交じりながらテニスコートを振り返ると、まだ先輩が残っているのが見えた。
もしかして、このまま残って練習を続けるのだろうか。
先輩ならそうしそうだなと思うと、気になってしまって、私は少し迷ってから校舎に向かった。
生徒玄関を入ってすぐのロビーにある自販機でスポーツドリンクを買い、テニスコートに戻ってくると、やっぱり先輩はそこにいた。
壁打ち、というのをやっている先輩の構えは独特だ。
端から見たら無理がありそうな体勢だけど、先輩の動きは流れるようになめらかで無駄がないよう見える。
つい見入ってしまい、目的を忘れそうになって、私はふるふると頭を左右に振った。
緊張しながらもコートを囲むフェンスの扉に手をかける。
軽く軋んだ音がして、それに気付いたらしい先輩がこちらを振り返った。
「みょうじ…?」
「お、お疲れさまです、日吉先輩。」
今さらだけれど余計なことだったかもしれないと不安になりつつ、先輩に声をかける。
「…ああ。」
「あの、ですね……えっと…たまたま通りかかってですね、それで……差し入れ、です。…良かったら、どうぞ。」
手に持っていたペットボトルを控えめに差し出す。
先輩はためらう様子もなく受け取ってくれて、私はほっと胸をなで下ろした。
「校舎から離れたテニスコートにたまたま通りかかって差し入れ、か。」
「…それは、その……」
思いきり指摘されて言葉に詰まってしまう。
余計なことを言わずに飲み物だけ渡したら良かったと後悔するけど、もう遅い。
だけど、どう言い繕ったらいいのかとあせる私をよそに、先輩は深く追求してこなかった。
「ちょうど喉が渇いていたところだし、礼は言っといてやる。」
そう言って、先輩まだ冷たいペットボトルのキャップを開けると、中身を一気にあおった。
せっかく声をかけたのだから、これだけは伝えたいと思い、ぎゅっと両手を胸元で握り締める。
「あ、あのっ、日吉先輩! 私っ、先輩のこと、応援してますから…!」
夕日に照らされた自分の頬が熱い。
「私なんかが応援しても意味ないですけど、それでも私…っ」
「意味がなくないことも、一応ないでもないぞ。」
ペットボトルから口を離した先輩は表情を変えずに横目でちらっと私を見る。
「日吉先輩、それって…?」
「もう用は済んだろ、みょうじ。日が沈む前に帰れよ。」
「はっ、はい、お邪魔してしまって申し訳ありませんでした!」
バッと先輩に頭を下げて、私は急いでテニスコートから出た。
一人で帰り道を歩きながら、先輩の言葉を思い出す。
言われてすぐは判断できなかったけれど、二重否定が2回で最終的には肯定になる…のだろうか?
(それなら…ほんの少しくらいは意味がある、ってことになるよね?)
いまいち自信はないけれど、先輩に聞いても答えは教えてもらえそうにない気がする。
でも、先輩なら否定する時はきっぱりと否定するだろう。
そう考えて、私は小さく笑みをこぼしたのだった。
(2016.01.23)
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