※多少の加筆修正はしておりますが、以前に書いた短編「私を覚えてください」と同じ内容です。
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ヒロイン視点
(早く止まないかな。)
私は生徒玄関の前で雨宿りしながら、どんよりと暗い灰色の空を見上げた。
だけど、何度も見たところで雨が上がるような気配はいっこうにない。
いつまでもここに残っていても仕方ないだろう。
覚悟を決めて濡れて帰るしかないだろうと、小さくため息をつく。
今朝、寝坊してしまったのがいけなかった。
天気予報を見て、傘を持っていかなくちゃと思っていたのに、あわてて家を出たから忘れてしまったのだ。
「みょうじ、お前、傘無いのか?」
急にかけられた声に振り向くと、そこには同じ委員会の先輩が立っていた。
「日吉先輩……えっと、はい。うっかり傘を忘れてしまいまして。」
何か用がある時以外に先輩から話しかけてくれるのは珍しくて、ちょっと驚きながら答える。
「雨が止むのを待っているんです。」
「無駄だろ。夜まで降るらしいからな。」
「…ですよね。」
あっさりと言い切られてしまい、私は苦笑いを浮かべた。
やっぱり雨に降られながら帰るしかないらしい。
私は憂うつな気持ちで、もう一度くもり空を見上げた。
「……お前、家はどこなんだ?」
● ● ●申し訳なくて最初は断ったものの結局、私は先輩に家まで送ってもらうことになった。
そして、それはつまり、同じ傘の下に入ることになるわけで。
先輩の傘はいくらか大きめだけど、お互いに濡れないようにするには、どうしても身を寄せ合うことになる。
それで時々、肩や腕がぶつかってしまい、その度に私は心臓を跳ねさせていた。
(顔、絶対赤くなってるよね。)
湿気を含んだ冷たい空気が火照った頬をなでていくのを感じる。
私は赤いだろう頬を隠すように、うつむいて自分の足元ばかりを見ていた。
そんな余裕のない私に、隣で前を向いている先輩が気付く様子はないのが救いだ。
だけど、思いがけず一緒に帰ることになったのに、沈黙が続いてしまっているのが残念でもある。
学校を出て歩き始めた時に当たり障りのないことを話して、すぐに会話が途切れてしまったのだ。
何か新しく話題を振ろうにも、会話がはずむような話題が思いつかない。
それに先輩は無口なほうだから、下手に話しかけたら迷惑に思われてしまうかもしれない。
先輩の隣を歩けるのはすごく嬉しいのに、私は逃げ出したいような気持ちにもなっていた。
ちらりと先輩の横顔を盗み見て、すぐにローファーのつま先に視線を落とす。
どうして、先輩は同じ報道委員をしているだけの私を送ってくれると言ったのだろうか。
仕事のことで話すことはあるけれど、親しいと言えるほどの関係ではないのに。
私が、一方的に想いを寄せているだけで…
――最初は、なんだか怖そうな人だなと思った。
たまに口から出る言葉はきついものばかりで、にこりともしなくて無表情で。
だけど、一緒に校内新聞の記事を担当した時、先輩はあきれながらも、まだ何も分からない私に丁寧にいろいろ教えてくれた。
私が記事を書くための資料集めに困っていたら、文句を言いつつも手伝ってくれたこともあった。
そんな先輩の不器用とも言える優しさが嬉しくて、いつの間にか私は恋に落ちていたのだ――
少しも私のほうを見てくれない先輩の涼しげな横顔を見つめる。
「さっきから何なんだ?」
「え…っ」
急に先輩が私を横目に見て、バチッと目が合ってしまった。
「ちらちら見てただろ。言いたい事があるなら言え。」
「あのっ、その……ごめんなさい、なんでもないです。」
「…そうかよ。」
眉を寄せた先輩に不機嫌そうに返されて、どこか浮ついていた気持ちが沈んでしまう。
せっかく一緒に帰っているのに、私は何をやっているのだろうか。
「あ、あのっ、日吉先輩!」
会話のないまま私の家に着き、すぐに背中を向けた先輩を呼び止めればると、怪訝そうな顔で振り向いた。
「何だ。」
「今日は、ありがとうございました。」
ペこりと頭を下げてから、私は精一杯の笑顔を先輩に向けた。
ほんの少しでもいいから、先輩の心に残りたくて。
「っ、…別に。」
「すごく助かりました。本当にありがとうございます。」
「だから、別にいいって言ってるだろ。…次は傘忘れるなよ。いつも送ってやれる訳じゃないからな。」
「はい、気をつけます。…じゃあ、先輩、また委員会の時に。さようなら。」
「フン…じゃあな。」
素っ気ない態度の先輩だけど、頬にはかすかに赤みが差している。
お礼を言われて照れる必要はないと思うのだけれど。
そんな先輩がなんだか可愛く見えてしまった。
次はもっと話せたらいいなと思いながら、私は先輩の姿が見えなくなるまで見送った。
(2012.09.15 初掲)
(2016.01.23 再掲)
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