「……蔵、なの…?」 目の前には心底驚いた顔をしている恋人。 そして、俺の口から出るのは… 「にゃー」 なまえに両脇を持ち上げられている俺は、ゆらりと尻尾を揺らした。 「ほんとに…?」 今度は鳴かずにコクリと頷いてみる。 「ど、どうしよう…! 病院?! 病院に行けばいいの!? 何科?!」 彼氏が猫になった!などと言おうものなら、自分が別の病院を紹介されるだけだ。 と、心の中で突っ込むが通じる訳もない。 なまえは俺を胸に抱え、意味も無く俺の部屋の中を行ったり来たりする。 俺はなまえの腕からスルリと抜け、テーブルの上に飛び乗った。 「蔵、どうしたの?」 心配そうななまえの声を背中越しに聞きながら、置いてあったスマホをどうにか操作する。 『俺は大丈夫やから落ち着き』 「……う、うん。」 文字を打った画面を見せると、なまえは俺と向き合うようにテーブルの前に座った。 「えと、…本当に大丈夫なの? どこか痛いとか苦しいとかは?」 『ほんまに大丈夫や』 「よ、良かったぁ…」 やっと安心した様子のなまえを見ながら、俺は不安が消えなかった。 怖い気持ちを抑えながら肉球でスマホを操作する。 『俺のこと気味悪くないん?』 恐る恐る画面を見せると、それを覗き込んだなまえは不思議そうに目を瞬かせた。 それから… ふわりと微笑ったなまえは俺の頭を撫でてくれた。 「そんなふうに思ったりしないよ。どんな姿でも蔵は蔵だもの。」 その言葉を聞いて、なまえを好きになって良かったと心から思った。 「それにしても、ツヤツヤな良い毛並みだね。髪と同じの綺麗な色だし。」 自分で飼ってはいないものの猫が好きななまえは俺から手を離そうとしない。 うちの猫は気難しくて、いつも戯れようとしては逃げられているから、ここぞとばかりに俺の身体を撫で回してくる。 なまえに触れられるのは気持ち良くて、もっと撫でてもらおうと、俺は足を投げ出して寝転がった。 「はぁ…やっと元に戻れたわ。」 結局、俺が猫の姿から解放されたのは夕方になってからだった。 「ごめんな、なまえ。予定、全部ダメになってもうて。」 「いいよ、気にしてないから。猫の蔵と遊べて楽しかったし。」 「…さよか。」 隣に座っているなまえの肩を抱き寄せて、低い位置にある頭に頬を擦り寄せる。 「なまえに受け入れてもらえて、ほんま良かった。これでもう嘘も吐かなくてええし。」 「嘘って?」 「何回か約束ドタキャンした事あるやろ。あれ、全部これが原因やねん。せやけど、なまえに嫌われたなくて、ほんまの事言えへんかった。」 なまえの細い肩を掴む手に力が入る。 「なまえに嘘吐くのは嫌やったし、そのうち愛想尽かされまうのんやないかって……ずっと怖かったんや。」 「大丈夫だよ。どんな蔵でも私は大好きだから。」 顔を見なくてもなまえが微笑んでいるだろうここが分かって、心が温かいもので満たされる。 「ほんまにありがとうな、なまえ。俺も大好きや。」 (2016.09.10) ← |