猫の日 | ナノ


暗闇の中で目が覚めた。

どうやら、あのまま眠ってしまったらしく、俺の身体には布団の代わりなのかハンドタオルがかけてあった。

明かりの消されたリビングに人の気配は無い。

親は帰って来てねぇのか?

少し空いていたドアから廊下に出れば、奥のほうの閉まりきっていないドアから明かり洩れていた。

そっと中を覗けば、パジャマ姿のみょうじが床に座って小さなローテーブルの上のノートパソコンに向かっていた。

部屋の中に入ると、微かな足音に気付いたのか、みょうじは俺を振り返った。

「起きたんだね、猫ちゃん。…おいで。」

ゆっくり近付いていくと、すっと伸びてきた腕に抱き上げられた。

みょうじの腕に抱かれた状態でパソコンの画面を確認すれば、猫の主な品種を解説しているホームページが開いてあった。

「やっぱり、このロシアンブルーって種類に似てるよね。大人になると目の色がブルーからグリーンになるらしいから、まだ子供なのかな?」

みょうじは画面上の写真と俺を見比べて首を傾げる。

「子猫って大きさじゃない気もするけど、外国の猫って大きいみたいだし…やっぱり子猫なのかな?」

真剣に考えているらしいみょうじだが、俺にしてみればそんな事はどうでもいい。

本物の猫じゃないのだから血統も何もある筈がないのだ。



みょうじは部屋の明かりを消してベッドに潜り込むと、向かい合わせに俺を抱き寄せた。

「おやすみ、猫ちゃん。」

何故かみょうじの顔が近付いてきたと思ったら、鼻先に軽く口付けられた。

いきなり何て事をしやがるんだ、こいつは。

目を閉じて寝る体勢に入ったみょうじを見て、俺はこっそりと溜息を洩らした。

何も知らずに無防備な顔をしているみょうじに、罪悪感のようなものが込み上げてくる。

みょうじが完全に寝付いたらベッドを出ていかなければ。

…にしても、何か分からねぇが良い香りがするな。

風呂上りのみょうじからする香りに包まれて、俺はいつの間にか意識を手放していた。


  


「んにゃ…?」

自分の口から出た声で己の状況を思い出した。

「猫ちゃん、おはよう。」

声をかけてきたみょうじを見て、俺は固まった。

タイミングの悪いことに、みょうじは制服に着替えている真っ最中だった。

「にゃっ、にゃあああっ!(さっさと服を着やがれ!)」

「えっ、えっ? どうしたの?」

急に大声を出した俺に、驚いた様子のみょうじが近付いてくる。

「にゃあ、にゃにゃ!(バカか、お前は!)」

何でブラウス一枚なんて姿で近付いて来やがるんだ。

「にゃん、にゃにゃにゃん!(だから、服を着ろって言ってるだろうが!)」

「猫ちゃん?」

いくら言ったところで言葉が通じる訳もなく、俺はみょうじに背中を向けて目を閉じた。



「景吾様、大丈夫ですか?」

車の座席の上で丸まっている俺の向かいに座った執事が気遣わしげに聞いてくる。

俺はそれに、小さく頷いて答えた。

みょうじに抱えられてマンションの外に出ると、この見慣れた黒い車が停まっていた。

抱えているのがうちの飼い猫だと執事に説明されてみょうじは驚いていたが、それ以上に飼い主が見つかって良かったと安心していた。

それはそうと、人間の姿に戻ったら色々と世話になった礼をしてやらねぇとな。

どうしてやろうかと考えながら、俺は尻尾を揺らした。


  


有無を言わさずに屋上までみょうじを連れてきた俺は、掴んでいた手を離して向き合った。

「あの…跡部くん?」

「一昨日はうちの猫が世話になったな。」

「そんなっ、むしろ勝手に連れて帰ってごめんなさい!」

昨日、うちの執事にもそうしていたようにみょうじは深く頭を下げる。

「いや、変な奴に拾われたりしなくて助かったぜ。」

本当にな。

「そう? あの、猫ちゃんは元気? …そうだ、あの子って何ていう名前なの?」

「……シュテファン、だ。元気にしている。」

咄嗟に仮の名前を答えた。

「そっか、良かった。」

安心したように表情を緩めたみょうじとの距離を詰める。

「あ、跡部くん?」

みょうじの腰に片手を回して、顎を掬い上げる。

「どうやら、俺はお前に懐いちまったらしい。だから…責任、取ってもらうぜ。」

困惑しているみょうじを余所に、俺は噛み付くように口付けた。


(2016.02.22)

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