猫の日 | ナノ


なんて事だ。

少し油断していた。

まさか、こんな場所でなっちまうとは。

いや、悔やんでいても始まらねぇ。

とりあえず、人に見つからないようにしねぇと。

放課後の屋上に来る人間はそうそういないと思うが、誰も来ないとは限らねぇ。

全く、困ったもんだぜ。

……もしかして、教室の掃除当番をサボった罰が当たったのか?

いや、掃除なんてもんは、この俺様がわざわざ手を煩わす事じゃねぇ。

問題は、この原因不明かつ意味不明な体質だ。

まあ、それを今更言っても仕方の無い事で、それよりも何よりも、この状況を打開するのが先決だ。

今日は休練日だから部活に支障をきたすのは免れたのは幸いだったが、この後は一体どうしたものか。

「あっ、猫ちゃんだ。」

「に゛ゃっ!?」

突然聞こえた声に驚き、全身の毛が逆立った。

「可愛い〜 ね、こっちおいで。」

「にゃ、にゃあっ(こら、抱き上げるんじゃねぇ)!」

急に現れた女に、俺は逃げる間も無く捕まってしまった。

顔をよく見てみれば、そいつは同じクラスのみょうじだった。

話したことは殆んど無いが。

「猫ちゃん、どうして屋上にいるの?」

本物の猫なら言葉が通じないというのに話しかけてくるみょうじ。

「誰かに連れて来られちゃったのかな。…それにしても、美人さんだなぁ。」

鼻先同士がくっつきそうな距離で顔を覗き込まれる。

無駄に近ぇよ。

「にゃん。」

爪を出さないように気を付けつつ、片手(この場合は前足か)で、みょうじの頬を押し返した。

「ごっ、ごめんね、猫ちゃん。……とりあえず、敷地の外に連れて行ってあげたほうが良いよね。先生に見つかったら保健所とかに連絡されないとも限らないし。」

みょうじの言葉に、背中に冷たいものが走った。

そうだ、下手をすれば野良猫として扱われ、最悪の場合は処分されかねない。

とりあえず、俺は大人しくみょうじに付いて行く事にした。



「この子、毛並みがやけに良いし、人馴れしてるみたいだし……飼い猫、なのかなぁ?」

俺を抱いて歩きながら、みょうじが疑問を口にする。

こいつ、独り言が多過ぎないか?

「首輪はしてないけど、やっぱり飼い主を探してみたほうが良いよね。…そうだ、新聞部の人に頼んでみればいいかも。」

名案だと言わんばかりに声を上げると、みょうじは急に踵を返した。



「まさか部長さんが風邪で休みなんて。…困ったね。」

学校近くの公園のベンチに座り、膝の上に乗せた俺の身体を撫でながら、みょうじは沈んだ声を出した。

別に、お前の所為じゃないだろうが。

伝わる筈もないが、気にするな、という意味で尻尾を揺らした。

「ねえ、猫ちゃん。飼い主探しは明日にして、今日はうちに来る?」

さて、どうするか。

猫の足には家までの距離は遠いし、いつかのように途中で犬やガキに追いかけ回されるのも面倒だ。

これまでの経験上、前に猫の姿になった時から期間が空いている程、猫の姿になっている時間は長くなる。

今回はおそらく最低でも一日くらいは人間の姿には戻れないだろう。

どうせこの姿じゃ、する事はあっても何も出来ねぇから、少し世話になってみるのも面白いかもしれない。



みょうじの家に入ると、そのまま脱衣所に連れて行かれた。

「足の裏、拭くからね。」

ぬるま湯で濡らしたタオルで丁寧に足の裏を拭かれ、少し擽ったいが我慢する。

「よし、完了。お利口さんだね。…まるで言葉が分かっているみたい。」

一瞬ぎくりとするが、いくらなんでも正体がバレる事は無ぇだろ。



「猫ちゃん、おなか減ってないの?」

目の前に出された深めの器に注がれたミルクと皿に乗せられた焼き魚に口をつけないでいると、みょうじは心配そうに俺の頭を撫でた。

もう時刻は夕方で、正直に言えば腹は減っている。

だが、いくら猫の姿をしているとはいえ、皿に顔から突っ込んで物を食べるというのには大いに抵抗がある。

「やっぱり、普段食べてるものじゃないとダメなのかな。でも、何をあげればいいのか分からないし…」

チッ…そんな顔するんじゃねぇよ。

まるで俺が悪いみてぇじゃねぇか。

表情を曇らせているみょうじから離れ、ソファーに上がって身体を丸めて目を閉じた。


 

跡部さんが掃除をサボるというのは、ゲーム(確か『ラブプリ』だったと思います)での会話から拝借したネタになります。


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