猫の日 | ナノ


(な、何とか辿り着いた…)

自転車に轢かれそうなったり散歩中の犬に吠えられたり…と、学校近くの公園に辿り着いた頃には、私はすっかり疲れ果てていた。

目的の人物はそんな私の状況を知る筈もなく、大きな身体をだらしなくベンチに預けて座っていた。

いつもなら怒りながら学校に引っ張っていくところだけど…その姿を見た途端、私は緊張させていた身体から力を抜いた。

「にゃー…」

小走りで近寄っていって控えめに鳴くと、私に気付いた千歳は慌てたようにベンチから立ち上がった。

「なまえ、大丈夫やったと?!」

小さくなった私の身体を両手で抱き上げた千歳が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「怪我は……してないっちゃね。良かったばい。」

私が無事なのを確認して安心したように笑んだ千歳は、そのまま私を胸に抱きかかえた。



「もう出てきてよかよ。」

千歳が学ランの前を開けてくれて、中に隠れていた私は床にぴょんっと飛び降りた。

ここは寮暮らしをしている千歳の部屋で、三年生は一人部屋なので他の人に見つかる心配はない。

「さしより、これで安心ばいね。」

脱いだ学ランをベッドに放った千歳は床に腰を下ろし、私の頭を優しい手付きで撫でる。

大人しくなすがままになっていると、千歳は私から手を離してごろんと床に寝転がった。

どうやら、このまま学校には行かないつもりらしい。

一緒にいてくれるのは嬉しいけれど、もう少し真面目に学校に通って欲しいものだ。

複雑な気持ちで小さく溜息をついたところで、千歳が腕を伸ばしてきて、すっぽりと胸の中に抱き込まれた。

「一緒に寝ったい。」

窓からの陽射しがつくる陽だまりは心地良くて、眠くなるのは分かる。

けれど、今日だって寝過しただろうにと呆れながら顔を上げると、千歳は穏やかな目で私を見ていた。

何も言えずに(どのみち今は言葉が通じないけれど)黙り込む私の背中を、温かい手が撫でてくれる。

ずっと嫌悪していたけれど、この特殊な体質のおかげで千歳と出会えた。

受け入れてくれる人なんて絶対にいないと思っていたのに。

胸の奥がきゅうっとなって、私は甘えるように千歳の胸に猫の身体を擦り寄せた。



眠っている間に元の姿に戻っていた私は、まだ眠りの中にいる千歳にしっかりと抱き締められていた。

千歳は油断しきった顔で寝息を立てているのに、私の身体に巻き付いた腕は緩みそうにない。

わしゃわしゃと癖のある髪を撫でると、千歳がゆっくりと目を開けた。

「なまえ……おはようさん。」

「もうお昼近くだよ。」

寝ぼけ半分の千歳を見てくすくす笑っていたら、額に柔らかいものが触れた。

続けて鼻先に唇が落とされて、頬にも寄せられた千歳の唇は、最後に私の唇に重ねられた。

「猫のなまえも可愛いっちゃけど、やっぱしこっちのなまえのほうが抱き心地よかね。」

もう一度、千歳が私に口付ける。

「また寝るつもり?」

照れているのを誤魔化すようにしかつめらしい顔を作る私の頬を、千歳が甘く笑いながら軽くつつく。

「そぎゃん顔も可愛かね。」

すぐに表情を崩してしまった私は千歳の広い背中に手を回して、胸に額を押し当てた。

「もう、しょうがないな。…もう少し、一緒に寝てあげる。」


(2018.02.22)

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