猫の日 | ナノ


放課後、生徒会室で手塚と私はそれぞれ自分の仕事をしていた。

もう少しで終わりそうだなと息をついたところで、私は自分の身体に異変を感じた。

(まずい!)

急いで生徒会室を出ようと立ち上がったけれど間に合わない。

「にゃうんっ」

少し間抜けな声と共に、小さくなった私の身体はイスの上に落ちた。

「何だ、今の鳴き声は?」

書類の束に目を落としていた手塚が顔を上げて室内を見渡す。

見つからないように逃げようとしていた私だけど、手塚と思いっきり目が合ってしまった。

「……みょうじ、か? いや、そんな筈は…」

あまり表情には出ていないけれど、さすがの手塚も驚いているようだ。

どうやって誤魔化すかは後で考えるとして、とにかく今は逃げよう。

イスから飛び降りて廊下に続くドアへと走ると、幸いなことにドアは少しだけ開いていた。

(あ、開かない…!)

ドアの隙間に前足を入れて開けようとするけれど、建て付けが悪いせいで動かない。

「よく分からないが、その姿でここから出るのは得策ではないだろう。」

落ち着いた声が降ってきて、ドアはぴったりと閉められてしまった。



その後、私はパソコンを使い、手塚に自分の特殊な体質について説明した。

猫の手でキーボードを打つのは時間がかかったけれど、手塚は文句も言わずに付き合ってくれた。

「にわかには信じ難いが…ひとまず状況は理解した。」

落ち着いているように見える手塚だけれど、やはり戸惑っているらしい。

それは当然のことだろう。

(だって……こんなの普通じゃない。)

今までずっと隠し続けてきたのに、他の人に知られてしまうなんて。

「どうしたんだ?」

俯いて重い溜息を零すと、そっと頭に大きな手が置かれた。

おずおずと手塚を見上げると、頭に乗っていた手はすぐに離れた。

「すまない。何か…落ち込んでいるようだったのでな。」

どこか困ったような顔をしている手塚の目に、私はどんな風に映っているのだろうか。



日が沈みかけた頃、ようやく元の姿に戻ることが出来て、私は一緒に残っていてくれた手塚と生徒会室を後にした。

「ごめんね、手塚まで帰るのが遅くなっちゃって。」

「気にするな。……どうした?」

急に廊下の途中で立ち止まった私を、手塚も足を止めて振り返る。

「手塚はさ、私のこと……何とも思わないの? おかしいでしょ、あんなの。」

視線を外しながら、きつく手を握り締める。

「かなり驚いたが、それ以外に特に思うことはない。」

恐る恐る手塚の顔を見ると、いつもと変わらない表情をしていた。

つまりは、かなりの無表情なのだけれど、今の私はそれに酷く安心した。

握り締めていた手から力が抜ける。

「…そっか。」

「ああ。」

私は泣きたいような気持で笑って、手塚の隣に並んだ。

「明日は今日の分も仕事頑張らなないとだね。」

「そうだな。」

優しいオレンジ色の光に包まれながら、私たちは一緒に歩き出した。


(2017.09.30)

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