いちいち靴を履き替えないと出られない(ことになっている)中庭は、ほとんど人が来ない穴場だったりする。
そんな訳で、さっさと昼飯を済ませた俺は中庭で桜の木に背中を預けてウトウトしていた。
昨日は夜遅くまで曲を作っていたから眠くて仕方ない。
(……誰やねん。)
自分に近づいてくる足音が聞こえ、邪魔くさいなと思いながら重い目蓋を持ち上げる。
開けた片目に映ったのはなまえさんの姿だった。
「こんにちは、光くん。」
柔らかく笑うなまえさんは、もしかして俺のことを探してくれていたのだろうかと期待してしまう。
今日の昼は一緒じゃなかったから、わざわざ会いに来てくれたんじゃないかと。
「なまえさん…こんちわ。」
だらしなく足を投げ出していた俺は慌ててあぐらに座り直した。
「眠そうだね。」
くすりと可愛らしく笑ったなまえさんは、俺の隣に膝を崩して座る。
制服は夏服になっていて、むき出しのほっそりした白い足に目がいってしまいそうになるが、どうにか意識をそらせる。
「予鈴が鳴ったら起こすから、少し眠ったら? よければ、肩くらい貸すよ。」
「…膝やないんですか?」
図々しいことを言ってしまったのは、眠くてあまり頭が働いていないせいか。
「ええと、その……学校では少し難しいかな。」
困ったような顔をしたなまえさんだが、どうやら恥ずかしがっているだけのようだ。
「学校やなかったら、してくれはるんですか?」
少し調子に乗って聞くと、なまえさんはためらいがちにだけれど頷いてくれた。
「二人きりの時なら……いいよ。」
「ほな、期待してますんで。」
実際にそんなことになったら眠るどころではないだろうなと想像し、苦笑しそうになるのを抑えた。
表情を崩さずに平静を装い、少し緊張しながらなまえさんの細い肩に頭を預ける。
ほのかに甘い髪の香りがしてドクンと心臓が跳ねた。
眠気なんて一気に吹き飛んでしまったが、なまえさんに寄りかかったまま目を閉じる。
ゆるく風が吹いて、色の濃くなった桜の葉が音を立てる。
まるで、ここだけ時間の流れがゆるやかになったようだ。
こうやってなまえさんのそばにいると、陽だまりにいるような心地好さを覚える。
触れ合っている部分から伝わってくるなまえさんの体温を感じていたら、あんなに緊張していたはずなのに、だんだんと眠くなってきた。
そうして心地好く微睡んでいると、細い指がそっと俺の頬をなでた。
「好きだよ、光くん。」
「っ……」
ひそやかに、そして甘く囁かれた言葉。
いつか俺はこの人に殺されるんじゃないだろうか、本当に。
「俺も…好きです、なまえさん。」
「! 光くん……起きてた、の?」
「寝言ッスわ。」
とてもじゃないがなまえさんを見られなくて、固く目を閉じたまま返す。
「ふふっ…寝言、なんだ。」
耳をくすぐる嬉しそうな声に、なまえさんはいつものように柔らかく笑っているのだろうと、簡単に想像がついた。
けれど、目蓋の裏に浮かぶ姿よりも、今隣にいるなまえさんの本物の笑顔が見たい。
離れ難さを感じながら、なまえさんの肩に乗せていた頭を持ち上げる。
ゆっくりと隣に視線を向ければ、なまえさんは頬を薄紅色に染めて微笑んでいた。
胸が、甘く痛む。
(ほんまに死んでまいそうや。)
きっと俺は、この笑顔にはずっと敵わない。
そして、この人の笑顔のためなら、俺は何だって出来るだろう。
「なまえさん、ほんまに好きや…っ」
たまらなくなって、俺はなまえさんを強く抱きしめた。
愛しいのは、(君だけ)
(2014.10.30)
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