放課後、私は掃除当番が終わるとすぐに教室を後にした。
廊下を走らないように、でも出来る限り急いで歩く。
今日は珍しくお互いの部活の休みが重なって、一緒に帰る約束をしているのだ。
生徒玄関を出て走っていくと、校門に寄りかかって立っている先輩の姿が見えた。
「おっそいわ。」
耳から外したヘッドフォンを首にかけて、先輩が不機嫌そうに言う。
「すっ、すみませ…っ」
私は膝に両手をついて息を整えながら、ぼそっと呟かれた言葉に小さく笑みをこぼす。
その一言が『早く会いたかった』という気持ちから出たものだと知っているからだ。
先輩は分かりにくくて、そうだと理解するまでは怒らせてしまったと落ち込んだりしたけれど。
「帰んで、なまえ。」
そう言って背中を向けるけど、私が落ち着くまで待っていてくれる先輩は優しいと思う。
歩き出した先輩に遅れないよう私は隣に並んで今日あった出来事などを話す。
先輩が短く相槌を打つだけなのはいつものことで、私は気にせず話し続ける。
「……先輩?」
ふと、先輩が自分をじっと見ていることに気づいて、私は言葉を途切れさせた。
「自分、物好きやんな。」
「え……そうですか?」
何の脈絡もなく言われた言葉に首を傾げる。
「絶対そうやろ。そんでもって相当のアホや。」
どうして急にこんなことを言われるのかと、戸惑ってしまう。
「いっつもヘラヘラしくさって、何がそない楽しいんや。全然意味わからん。」
少し考えてから私は口を開いた。
「先輩と一緒にいたら何でも楽しいですよ。」
なぜか私を睨んでいる先輩に向かって、にこりと笑いかける。
「だって、私は光先輩のことが大好きですから。」
先輩は一瞬だけ驚いたように目を見開いたけど、すぐに眉間にしわを寄せてしまった。
でも、ふいっと視線を逸らした先輩の頬がほんの少し赤いように見える。
いつも落ち着いている先輩が今は可愛く見えて、私は思わず笑ってしまった。
「あんま調子乗んなや。」
こつんと頭を小突かれたけど、ちっとも痛くなくて、私はますます笑った。
「チッ…アホが。さっさと行くで。」
下校している他の生徒の視線が気になるのか、先輩は私の手を掴んで早歩きになる。
私は引きずられるようにして先輩について行きながら、掴まれた手に動揺を隠せなかった。
先輩の少し冷たい手の感触が私の胸の鼓動を速くする。
「せっ、先輩、あの…っ もう少し、ゆっくり…っ」
一歩前を行く背中にそう声をかけると、先輩は歩く速度を落としてくれた。
再び先輩の隣に並んだけど、掴まれたままの手にばかり意識がいく。
「なんやなまえ、自分めっちゃ真っ赤やん。」
「だ、だって……手、が…」
ごにょごにょ口ごもると、さっきとは違って余裕たっぷりな笑みを浮かべた先輩がぎゅっと私の手を握ってきた。
恥ずかしさに耐えきれなくなって下を向くと、隣から噛み殺したような笑い声がして、顔がさらに熱くなる。
先輩はずるい。
いつもは私がくっつこうとしたら嫌がるのに。
急にこんなことをするから私ばかりドキドキしている。
それがなんだか悔しくて、自分からもぎゅうっと先輩の手を握り返してやった。
愛のしるし
(2014.09.26)
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