謙也視点
「謙也先輩…っ!」
くいっと制服のシャツの裾を引かれて振り返ったら、少し息を切らしたなまえがおった。
たぶん、俺の姿を見つけて走ってきたんやと思う。
ほんま可愛えやっちゃな。
俺は笑って、走ってきたせいで少し頬を赤くしとるなまえの頭に手を置いた。
「今日も元気そうやな、なまえ。」
「はいっ」
ぽんぽん頭を撫でたると、なまえは嬉しそうな顔をして笑う。
こういうトコがほんまに子犬みたいで可愛え後輩や。
「そうや、なまえも一緒に来ぃへん? 今から甘味処行くんやけど、なまえ、甘いもん好きやんな?」
「いいんですかっ? 行きます!」
「よっしゃ、決まりやな。…ええよな、白石?」
念のため、隣を歩いていた白石に声をかける。
「おん、かまへんで。」
「ありがとうございます、白石先輩。」
「気にせんでええよ。……って、金ちゃん、何しとるん?!」
張り切って一番前を歩いとった金ちゃんが何かやらかしたんか、白石は慌てた様子で駆け寄ってく。
白石に任しとけば問題ないやろと、俺はなまえに合わせてのんびり歩く。
ちょっと前に一緒に寄り道をした時は自分のペースで歩いてもうて、なまえはついてくるのにえらい必死やったなと思い出す。
なまえには悪かったけど、ちょこちょこ頑張ってついてきよる姿がなんや可愛かった。
「みなさん甘いものが好きなんですか?」
「好きっちゅーか、今日はじゃんけんで財前が勝ったから甘味処に行くことになってん。」
「じゃんけん?」
「毎回じゃんけんして勝ったヤツの希望が通るんや。勝ったモン勝ちやからな。」
「仲がいいんですね。」
「まあな。目指しとる所は皆一緒やし。」
「いいなぁ。私も…」
「なまえ?」
「い、いえっ、何でもないです! 楽しそうだなって思っただけなので!」
「そうか?」
慌てた様子のなまえに首を傾げるけど、あんま突っ込まんほがエエんかな思うて、俺は別に話題を振った。
甘味処に着くと、半個室の掘り炬燵の席に案内された。
最後に店に入った俺は空いとった一番端っこに腰を下ろして、なまえは俺の向かいに座った。
回ってきたメニューをなまえのほうに向けて、俺も一緒メニューを覗き込む。
「何にするん?」
「えーっと、……カキ氷の練乳いちご、です。」
「やっぱりか。」
たいした悩まんで決めたなまえを見て少し笑うたら、なまえはちょっとだけ口を尖らせた。
「だって、いちごがあったら避けては通れないんですよ。」
「バカにした訳ちゃうで。ホンマに好きなんやなって思うただけや。」
「…なら、いいですけど。」
「これは……すごい、おいしい!」
カキ氷を一口食べたなまえは、パアッと目を輝かせて幸せそうな顔をしよる。
素直な性格なんやろう、顔に出やすいなまえは見とって楽しい。
「本物の果物からシロップ作っとるって書いてあったもんな。」
自分の前にある夏みかんのカキ氷を一口すくって口に運ぶ。
舌に乗せた瞬間、氷がスーッと溶けて、みかんの自然な甘みが優しく口に広がる。
そういや、財前が天然氷だからどうこうと言うとったような気がする。
その財前は冷やし栗ぜんざいを頼んどって、いつも通りの無表情で淡々と口だけを動かしとる。
「…何ですか?」
視線に気付いた財前が思いきり迷惑そうな顔で俺を見よる(そない嫌そうな顔せんでもエエやろ)。
「いや、何でもあらへんけど。」
「そんならいちいち見んといてください、ウザいんで。」
「自分、ホンマ……はぁ、もうエエわ。」
悔しいけど、この生意気な後輩に口では勝てる気がせぇへん。
相手にしても疲れるだけやと見切りをつけて、まだ一口しか食べてへんカキ氷に手をつける。
シャクシャク音を立ててカキ氷をかき込んどったら、向かいのなまえと目が合った。
「おいしいですねっ」
「…そうやな。」
可愛らしい笑顔を向けてきよるなまえを見たら、ほわっと気持ちが和んだ。
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