![](//static.nanos.jp/upload/k/kanzennaru/mtr/0/0/20150913132145.gif)
ヒロイン視点
「なまえ、移動教室か?」
「謙也先輩! そうなんですよ、理科で実験をやるので。」
次の授業のために特別教室棟に向かっていたら、前の時間が移動教室だったらしい先輩とばったり廊下で会った。
今日はツイているなと喜んでいると、ともだちちゃんは私の腕を軽く小突いてから、先に歩いていった。
気を利かせてくれたともだちちゃんに、心の中でお礼を言う。
「なあ、なまえ、ちょっと聞いてええ?」
「はい、何ですか?」
少し声をひそめた先輩を不思議に思いつつ聞き返すと、先輩は少しかがんで顔を近付けてきた。
先輩は内緒話をするみたいに手を口の横に立てている。
(な、なになに!?)
突然の急接近にパニックになるものの、身体は固まってしまって動かない。
「いきなり聞くのもあれなんやけど…自分、好きな奴おるん?」
「!!」
まさか本人にそんなことを聞かれるとは思ってなくて驚く。
先輩がどうして急に聞いてきたのか分からないけれど、こんな廊下で告白する勇気なんてない。
そもそも、全くもって心の準備ができていない。
……だけど、嘘はつきたくない。
「い、いますよ。好きな人。」
少しでも気付いて欲しいけれど、先輩の顔を見られなくて、うつむいてしまう。
「もしかして、それって俺が知っとるヤツやったりするん?」
「……はい。よく知っている、と思います。」
「やっぱりか。やたらモテるもんな、白石のヤツ。」
近付けていた顔を離した先輩の口から出たのは、私が思ってもいない内容だった。
「ま、待ってください! ぜんぜん違います、白石先輩じゃないです! というか、どうして白石先輩の名前が出てくるんですか?!」
ばっと顔を上げ、一人で勝手に納得しかけている先輩にあわてて否定する。
「この前、公園で白石ん事めっちゃ見とったやん。そうなんやろ?」
「違います! ただ見てただけで、意味はなかったんです!」
「別に隠さんでエエんやで? 勝手に本人に言ったりせぇへんし。けど、自分やったら応援…」
本当に違うのに、先輩は私の気持ちなんて知りもしないで笑っている。
それがなんだかすごく腹立たしくて…
「謙也先輩のバカ!」
「ホンマにアホやな、あんたは。」
大きなため息をつかれるけど、ともだちちゃんに返す言葉はない。
というか、返す元気がない。
本当に私はバカだ。
好きな人に八つ当たりをして逃げてしまうなんて。
どうして、あの時、感情をコントロールできなかったのか。
「まあ、まだフラれたわけとちゃうし、そないに落ち込まんでも…」
「でもっ……、」
一度は顔を上げたけれど、じわっと涙が浮かんできて、私はまた机に突っ伏した。
ここでグダグダしていたって仕方ないのはわかっているけど、急に気持ちを切り替えるなんて無理だ。
「……うっ………っ、…」
こらえきれなくて、涙がこぼれてきてしまう。
でも、放課後の教室にはほかに誰もいないから、少しくらいは泣いたっていいだろう。
「…なまえ。」
なだめるようにともだちちゃんが頭をなでてくれて、その優しさに、ますます涙があふれてくる。
「ちゃんと謝れば大丈夫やって。あんたの好きな先輩はそれで許してくへんような人ちゃうやろ?」
「……う、ん。」
顔を上げられないまま、ずびっと鼻をすする。
ともだちちゃんの言う通りだと思う。
ちゃんと謝ったら、きっと先輩は許してくれると思う。
先輩はそういう人だ。
「明日、先輩のところに謝りに行く。」
涙をぬぐいながら顔を上げる。
「よし。決めたんやったら元気出し。それがあんたの取り柄やろ。あと、誤解もきちんと解いとくんやで。」
「ともだちちゃん、ありがと……私、頑張る…っ」
私は笑って、隣に座っているともだちちゃんにぎゅーっと力いぱい抱きついた。
「ちょっ…鼻水つく!」
←