あまいオトメゴコロ | ナノ


ヒロイン視点


「なまえ、移動教室か?」

「謙也先輩! そうなんですよ、理科で実験をやるので。」

次の授業のために特別教室棟に向かっていたら、前の時間が移動教室だったらしい先輩とばったり廊下で会った。

今日はツイているなと喜んでいると、ともだちちゃんは私の腕を軽く小突いてから、先に歩いていった。

気を利かせてくれたともだちちゃんに、心の中でお礼を言う。

「なあ、なまえ、ちょっと聞いてええ?」

「はい、何ですか?」

少し声をひそめた先輩を不思議に思いつつ聞き返すと、先輩は少しかがんで顔を近付けてきた。

先輩は内緒話をするみたいに手を口の横に立てている。

(な、なになに!?)

突然の急接近にパニックになるものの、身体は固まってしまって動かない。

「いきなり聞くのもあれなんやけど…自分、好きな奴おるん?」

「!!」

まさか本人にそんなことを聞かれるとは思ってなくて驚く。

先輩がどうして急に聞いてきたのか分からないけれど、こんな廊下で告白する勇気なんてない。

そもそも、全くもって心の準備ができていない。

……だけど、嘘はつきたくない。

「い、いますよ。好きな人。」

少しでも気付いて欲しいけれど、先輩の顔を見られなくて、うつむいてしまう。

「もしかして、それって俺が知っとるヤツやったりするん?」

「……はい。よく知っている、と思います。」

「やっぱりか。やたらモテるもんな、白石のヤツ。」

近付けていた顔を離した先輩の口から出たのは、私が思ってもいない内容だった。

「ま、待ってください! ぜんぜん違います、白石先輩じゃないです! というか、どうして白石先輩の名前が出てくるんですか?!」

ばっと顔を上げ、一人で勝手に納得しかけている先輩にあわてて否定する。

「この前、公園で白石ん事めっちゃ見とったやん。そうなんやろ?」

「違います! ただ見てただけで、意味はなかったんです!」

「別に隠さんでエエんやで? 勝手に本人に言ったりせぇへんし。けど、自分やったら応援…」

本当に違うのに、先輩は私の気持ちなんて知りもしないで笑っている。

それがなんだかすごく腹立たしくて…

「謙也先輩のバカ!」



「ホンマにアホやな、あんたは。」

大きなため息をつかれるけど、ともだちちゃんに返す言葉はない。

というか、返す元気がない。

本当に私はバカだ。

好きな人に八つ当たりをして逃げてしまうなんて。

どうして、あの時、感情をコントロールできなかったのか。

「まあ、まだフラれたわけとちゃうし、そないに落ち込まんでも…」

「でもっ……、」

一度は顔を上げたけれど、じわっと涙が浮かんできて、私はまた机に突っ伏した。

ここでグダグダしていたって仕方ないのはわかっているけど、急に気持ちを切り替えるなんて無理だ。

「……うっ………っ、…」

こらえきれなくて、涙がこぼれてきてしまう。

でも、放課後の教室にはほかに誰もいないから、少しくらいは泣いたっていいだろう。

「…なまえ。」

なだめるようにともだちちゃんが頭をなでてくれて、その優しさに、ますます涙があふれてくる。

「ちゃんと謝れば大丈夫やって。あんたの好きな先輩はそれで許してくへんような人ちゃうやろ?」

「……う、ん。」

顔を上げられないまま、ずびっと鼻をすする。

ともだちちゃんの言う通りだと思う。

ちゃんと謝ったら、きっと先輩は許してくれると思う。

先輩はそういう人だ。

「明日、先輩のところに謝りに行く。」

涙をぬぐいながら顔を上げる。

「よし。決めたんやったら元気出し。それがあんたの取り柄やろ。あと、誤解もきちんと解いとくんやで。」

「ともだちちゃん、ありがと……私、頑張る…っ」

私は笑って、隣に座っているともだちちゃんにぎゅーっと力いぱい抱きついた。

「ちょっ…鼻水つく!」



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