「セーンパイ!」
教室を出た途端に声をかけられて驚き、私は小さく肩を跳ねさせた。
声がしたほうを向くと、一つ下の後輩である切原くんがニコニコしながら近付いてきた。
テニス部の切原くんは先輩達に懐いていて、私のクラスにもテニス部の人がいるからよく遊びに来ている。
特にきっかけはなかったと思うけれど、切原くんは私に話しかけてくるようになり、少しずつ仲良くなった。
「先輩、今日の放課後ってヒマっすか?」
「うん、特に用事はないよ。」
「じゃあ、俺とどっか遊びに行きません?!」
少し身を乗り出すように聞いてきた切原くんの目はすごくキラキラしている。
もし切原くんが犬だったらすごい勢いでしっぽを振っているだろうな、なんて考えてしまった。
「今日、珍しく部活が休みなんスよ。だから、俺と遊んでくださいよ。」
切原くんは私の手を掴んでブンブンと揺らす。
「いいよ。」
なんだか一生懸命な切原くんの様子に、私は小さく笑みを零しながら頷いた。
「よっしゃ! じゃあ、放課後になったら迎えに来ますんで、教室で待っててくださいねっ」
「それでもいいけど、校門で待ち合わせたほうが面倒がないんじゃないかな?」
「あー…それもそうッスね。じゃあ、待ち合わせで。」
「うん。ところで、行くところは決まっていたりするの?」
「それなら任せてといてくださいよ!」
楽しそうな切原くんを見ていたら、私も今日の放課後が楽しみになってきた。
上機嫌な切原くんに連れて来られたのはゲームセンターだった。
「これ、先週入ったばっかの新しいヤツなんスよ。」
どうやら格闘ゲームが目当てだったようで、さっそく切原くんはゲーム機の前のイスに座った。
話には聞いていたけれど、本当に得意らしく、切原くんは対戦で次々に勝ち抜いていた。
すごいなぁと感心しつつ、初めて来たお店の中を見回すと、飲み物の自販機が目に入った。
少し喉が渇いたような気がするし、ゲームに集中している切原くんも喉が渇いているんじゃないかなと思う。
私は邪魔をしないように、切原くんに声をかけないでその場を離れた。
「あれ、お前…」
自販機の前でばったり会ったのは、同じクラスの男の子だ。
「お前もこういう所に来るのな。なに、友達と来てんの?」
「ううん、私は…」
「先輩、なにやってんスか。」
怒ったような声がして、後ろから肩に腕を回された。
「えーっと、邪魔しちまったみたいだな。じゃあなっ!」
クラスメートはなぜか含み笑いをしながら行ってしまった。
「……んで…」
「切原くん…?」
私から腕を離した切原くんのほうを見れば、あからさまにムスッとした顔をしていた。
「なんで急にいなくなってんスか。」
「えっと、飲み物を買おうかなと思って。」
「それなら俺に一言くらい言ってくださいよ。」
気を遣ったつもりだけど、急にいなくなった私が悪いなと反省する。
「ごめんね、勝手にいなくなって。」
「だいたい、俺と遊びに来てんのに、なんで他の男といるんスか。ちゃんと俺のそばにいてくださいよ。」
「え、と…」
どうやら、放っておかれて―むしろそれは私のような気もするけれど―、切原くんは拗ねてしまったらしい。
理不尽な気がしなくもないけれど、せっかく切原くんと遊びに来たのに気まずくなるのは嫌だ。
「ごめんね、切原くん。」
「……俺のこと、名前で呼んでくれたら許してあげるッス。」
ちょっとびっくりして切原くんをまじまじと見たら、切原くんは少し気まずそうに目を逸らした。
癖の強い髪の間から見える耳が少し赤い、ような気がする。
なんだか可愛いなと思いながら、私は切原くんの手を両手で握った。
「赤也くん、ごめんね。次はなにか一緒にできるゲームやろう?」
「っ、…いいッスけど。そんじゃ、あっち行きましょーよ。」
打って変わって笑顔になった切原くんは私の手を引っ張っていく。
くるくる表情が変わるのが見ていて飽きないなと、私はこっそり笑った。
あどけない恋
(2012.12.08)
リクエストありがとうございます、ぽこさん。
ヒロインのことが大好きな赤也を可愛く書いたつもりですが、赤也がヒロインに甘えている感じが少し足りなかったような…。こんな感じで良かったでしょうか? 分かりやすい赤也の気持ちに周囲の人達は気付いていますが、肝心のヒロインがいまいち鈍くて伝わっていないようです。でも、なんだかんだで良い雰囲気になっている二人、といった感じです。
ご希望に沿えていなければ書き直させていただきますので、遠慮なくおっしゃってください。
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