30万打感謝企画 | ナノ


プリントの上に並ぶ数式や問題文と睨めっこをして、どれくらい経ったのだろう。

テストで赤点を取ってしまった為に出された課題のプリントは、ほぼ真っさらなままだ。

「数学さえなかったらな…。」

他の教科は学年の平均点よりも(少しだけ)良い点数を取れているのに。

溜息をつきながら教科書のページをめくって説明を読んでみるけど、問題は解けそうにない。

痛くなってきた頭を抱え込んでいると、ガラッと教室のドアが開く音がして、私は顔を上げた。

「お前、こんな時間まで何やってんだよ。しかも、絶望的な顔して。」

「跡部くん。……数学の課題がちょっとね。」

「アーン? 殆ど埋まってねぇじゃねーか。」

私の席まで来た跡部くんが白紙に近いプリントを見て呆れた顔をする。

「その…まだ始めたばっかりだから。」

苦笑いで答えるけど、嘘だというのは見抜かれているだろう。

「しょうがねーな。俺様が教えてやる。」

「…いいの?」

「ああ。その代わり真面目にやれよ、みょうじ。」

「うん。真面目にやるから教えてください。」

「なんで敬語になってんだよ。」

「えっと、…教えてもらうから、かな? なんとなく、お願いする時って丁寧にならない?」

「お前は時々分からないな。」

ちょっと笑って、跡部くんが私の隣の席のイスを引く。

机は一列ずつ離れているけれど、跡部くんはイスを私のすぐ横に持ってきて座った。

「それで、どこが分からねーんだ?」

隣からプリントを覗き込んできた跡部くんの肩が私の肩に触れた。

耳元でする声に鼓動が速くなるけれど、必死に平静を保とうとする。

「一応、基礎は出来ているようだな。」

「そうなのかな? 自分の中ではちょっとあやふやだったりするんだけど……」

自信なく言えば、跡部くんはあからさまに大きな溜息をついた。

「分かった。みっちり基礎から叩き込んでやる。…覚悟しな。」

「う、うん。」



意外にも…と言うのは失礼だけど、跡部くんの説明は分かり易かった。

応用の仕方も教えてもらい、順調とは言えないけれど、なんとか全部の問題を解くことが出来た。

跡部くんにはすごく感謝だ。

「よし、これで提出できる。」

解いた問題の見直しが終わり、椅子に座ったまま両手を高く上げて伸びをする。

ふぅっと息をついてから、机の上を片付け始める。

学生鞄に教科書やペンケースをしまっていると、少し前に携帯に連絡が来て教室を出ていった跡部くんが戻ってきた。

「課題は終わったようだな。」

「うん、お蔭さまで。本当にありがとう、跡部くん。」

「いや、お前が頑張ったからだろ。答えをチェックしてやるから、これでも飲んで待ってろ。」

「わわ…っ!」

少し離れた位置から投げられたボトル缶をなんとかキャッチする。

手の中にあったのは、私が好きでよく飲んでいるココアだった。

「ありがとう。」

「ああ。」

跡部くんは机の上のプリントを取ると、窓際に歩いていき、窓ガラスの背中を預けてプリントに目を落とし始めた。

冷たいココアに口をつけながら、こっそりと窓辺に立っている跡部くんを見る。

夕陽の光に照らされて金色に縁取られた姿はとても綺麗で、やっぱり私では手の届かない人だと感じてしまう。

だけど、こんなふうに優しくされるから、私は諦められない。

不相応だと思うのに、特別になることを望んでしまう。

私の、この恋に望みはあるのだろうか。

速くなる鼓動と頬に熱が上がるのを自覚しながら、水滴のついたココアの缶を両手で握り締める。

「好きだなぁ……ココア。」

本当の気持ちなんて口に出せないから、それは心の中でだけ言った。

「お前は一年中それだな。」

プリントから目を離さずに少し笑った跡部くんの片手にはブラックの缶コーヒーがある。

「ホットでもアイスでもおいしいからね。」

跡部くんから視線を外し、ボトルに口をつければ、甘くてコクのある味が口の中に広がる。

「やれば出来るじゃねーか。」

「ほんとに?」

「一応は褒めてやるよ。」

傍に立った跡部くんはプリントを私に返すと、くしゃりと頭を撫でてきた。

伝わってくる指先の温もりに、胸がきゅうっと締め付けられる。

甘く切ない感覚で胸がいっぱいになる。

少し頬が赤くなっていると思うけど、窓から差し込む夕陽の色で、きっと分からないだろう。

だけど、この想いに気付いて欲しくもあって、そろりと跡部くんを見上げれば、酷く優しげな瞳をしていた。

「跡部くん…?」

「帰るぞ。」

「え……あ、待って…っ」

私は慌てて立ち上がり、鞄と課題のプリントを待って、教室を出ていく跡部くんの背中を追った。




(2012.09.02)

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