30万打感謝企画 | ナノ


部活が終わった後、私は更衣室で基準服に着替え、また部室に戻ってきた。

部員の練習メニューについて部長と話し合うためだ。

「そういえば、跡部くん、私には敬語を使うよね。…どうして?」

パソコンが置いてあるロッカールームに移動した時、ふと私は前から不思議に思っていたことを口にした。

「俺は相応の相手には敬意を払いますから。」

私を振り返った跡部くんが当然のことのように言う。

跡部くんにとって私が敬意を払うに値する人間だと言ってくれたのはとても嬉しく思うけれど…

「私、そんなに立派な人間じゃないよ。」

「やるべき事をやっている人間を評価するのは当然だと思いますが。ましてや、先輩は真面目なだけではなく、ちゃんと結果を出しているでしょう。」

「……ありがとう。跡部くんにそう言ってもらえて光栄だよ。」

残念ながら私は要領が良い方じゃないけれど、いつも出来る限りのことをしようと取り組んできた。

それは誰かに褒められたいとかいう気持ちでやってきた訳じゃないけど、認めてもらえたのは嬉しい。

「光栄、ですか。……まあ、俺が認める人間は少ないですからね。」

「うん、だから嬉しいよ。私、跡部くんのこと尊敬しているから。」

強気なことを単に言うだけじゃなく誰よりも努力をしていて、その結果の実力に見合う自信を持っている姿が、私には眩しい。

「先輩のそういう所、俺は気に入っていますよ。」

「そういうって?」

「自分よりも年下の人間を素直に尊敬していると言う所です。」

「年なんて、あんまり関係ないと思うけどな。」

重要なのは、その人がどういう人間であるかということだ。

そもそも、一つや二つの年の差なんて大した違いじゃないだろう。

「それは、先輩がくだらない価値観に惑わされていないからでしょう。そして、その人間の本質を見て……見ようとしている。」

真剣な色をした蒼い瞳が私を強く見つめる。

「あなたは、俺を一度だって特別な目で見なかった。」

「跡部くんは……辛いの?」

跡部くんの家柄とか容姿とか、そういうものを目当てに集まってくる人達がいることは知っている。

いつも跡部くんは余裕そうにあしらっているみたいだったけれど、本当は傷付いていたのだろうか。

「俺は自分がどれ程のものか、周りにどう見られているのか、分かっています。しかし、それらを気にしたことはありません。」

そう語る跡部くんは強がっているようには全く見えない。

「だが、そんな中であなたは俺にとって得難い存在だった。」

「そんな……それこそ大げさだよ。」

「俺の気持ちを否定するんですか? 俺が、あなたを好きだという気持ちを。」

突然の告白に驚いて固まっていると、跡部くんに壁際へと追い詰められた。

私とあまり身長の変わらない跡部くんが後ろの壁に両手をついて、私を閉じ込める。

「あ、あの、ちょっと待って…っ」

「待たねーし、逃がさねーよ。」

急に口調が変わった跡部くんに驚くけれど、他の人にはこんな感じだったなと、すぐに思い返す。

でも、そんなことを考えている状況じゃなくて。

どうしよう。

どうしよう。

すごく嬉しい。

可能性なんてないと思っていたから態度に出したことはなかったけど、私は跡部くんのことが…

「あ、あのね……その…」

すごく嬉しいのに、すごく恥ずかしくもあって、上手く言葉が出てこない。

頬だけじゃなく耳まで真っ赤に火照っていくのが自分で分かる。

「そんな可愛い顔するなよ。」

跡部くんが熱くなっている私の頬を少し冷たい両手で包む。

そして、その綺麗な顔がゆっくりと近付いてきて…

「っ……」

反射的にぎゅっと目を瞑れば、予感していたように唇が重なった。

触れた唇が離れて、また重なる。

それが何度も繰り返される。

だんだんと唇が離れる時間が短くなって、触れている時間が長くなる。

完全に口を塞がれている訳じゃないのに、私は上手く息が出来なくて、胸が苦しくなる。

いや、胸が苦しいのはそれだけが理由じゃないのだけれど。

とにかく、私はいっぱいいっぱいで、心臓が壊れそうなくらいに暴れ回っている。

熱くなった私の身体は震えていて、何か縋るものが欲しくて、跡部くんのシャツの裾をぎゅうっと掴んだ。

私の頭を押さえる手や背中に回った腕が力強くて、小さくてもやっぱり男の子なんだなと思い知らされる。

不意に、跡部くんが笑ったような気配がして、唇が離れて腕の力も緩んだ。

ゆるゆると目を開ければ、跡部くんの顔が滲んだ涙で少しかすんで見えた。

「お前が好きだぜ、なまえ。俺を選ぶだろう?」

こんな告白の台詞を言う人は跡部くん以外にいないんじゃないだろうか。

だけど、それはすごく彼らしい。

「…うん。」

私はこてんと目の前の跡部くんの肩に額を預けた。

「私も跡部くんが好きだよ。」

そう告げると、跡部くんが小さく息を吐いたのが聞こえた。

そんな素振りなんて微塵も見せなかったけれど、緊張していたのだろうか。

なんだか愛おしくなって、私は跡部くんの背中に腕を回した。




(2012.07.28)

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