後輩/ヒロイン視点
河原の土手に敷いた茣蓙に腰を下ろし、すっかり日が落ちて深い藍色になった空を見上げる。
「なかなか見えませんね。」
「流星群が近付いていると言っても、必ずしも多くの流れ星が見られる訳ではないからな。」
「えっ、そうなんですか?」
その言葉に、隣で同じ様に初秋の澄んだ夜空を見上げている先輩を見た。
「今日は月が明るいからな。流れ星を見られる可能性は低いだろう。」
「……ごめんなさい。」
「どうした?」
「たくさん見えると思ったから誘ったんです。ごめんなさい、柳先輩。」
きっとすごく綺麗だから、先輩と一緒に見たかったのだ。
もっとちゃんと調べておけば良かった、と後悔する。
「そう落ち込むな。」
俯いた私の頭をくしゃりと撫でて、先輩は穏やかに笑った。
「興味が無ければ最初から断っているさ。それに、もし流れ星が見られなかったとしても、今夜は月も星も綺麗だ。」
「…そうですね。こんな風にゆっくり夜空を眺めることなんて、あまりないですし。」
先輩に倣い、月が浮かび星が散りばめられた夜空に視線を戻す。
「ところで、お前は流れ星に何か願うつもりなのか?」
「それは……内緒、です。」
意外と子供っぽいことを聞いてきた先輩に、小さく返す。
今は、まだ言えないから。
「叶うといいな。」
「はい、ありがとうございます。」
不意に、先輩が片腕で私の肩を抱いて身体を引き寄せた。
「あ、あの…っ?」
触れている場所から伝わってくる先輩の体温に、鼓動が跳ね上がる。
「昼間はまだ暑いが、さすがに夜は冷えるからな。流れ星が見られるまで帰らないつもりなのだろう?」
「…はい。ありがとうございます。」
おそるおそる少しだけ先輩に身体を預けると、肩に回された腕に僅かに力が篭るのを感じた。
冷たい夜風が私の火照った頬には心地好い。
「あ…っ!」
前触れもなく、煌く星が夜空に流れた。
「やはり願い事を三回言うのは無理だな?」
少し笑いを含んだ先輩の声が耳元で聞こえて、少しは落ち着いていた鼓動がまた速くなる。
「そうですね。…でも、いいんです。」
「何か願いたい事があったのではないのか?」
「願いごとはありますが……星に願うというより、流れ星が見られたら勇気が出るような気がしたんです。」
先輩から身体を離すと、触れていた部分から感じていた温もりが消えていく。
「柳先輩、私が願うのは…」
「おそらく同じだ。否…同じであると期待している、かな。」
私の言葉を遮った先輩が真っ直ぐに見つめてくる。
そして、先輩の少し薄い唇がゆっくりと開く。
「好きだ。ずっと俺の隣に居てくれ、みょうじ。」
伝えられた言葉に、時が止まったような気がした。
息をするのさえ忘れてしまいそうだけど、私の気持ちも伝えなくては。
そのために私はここにいるのだから。
一度息を吸い込んでから、月明かりに淡く照らされた先輩を見つめ返す。
「私はずっと隣にいます。今までもこれからも、柳先輩のことが好きだから。」
胸に秘めて大切にしていた想いを口にして、私は先輩に向かって微笑んだ。
「…有難う。」
先輩は少し掠れた声で言って、私をそっと抱き締めた。
優しい体温に包まれていると、先輩の肩越しに見える夜空に、また星が流れた。
星への願い
(2013.09.15)
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