後輩/忍足視点
昼休みに交友棟のサロンで本を読んだ後、自分の教室に戻る為には新館から本館への渡り廊下を通ることになる。
その時に見かける、いつも中庭のベンチで本を読んでいる彼女のことが、俺は気になっていた。
(やっぱり今日はおらんか。)
少し前に天気雨がそれなりの勢いで降っており、残念ながら彼女の姿はそこには無かった。
「……ん?」
草に残る雫が太陽の光を反射している中に、それらとは違う光り方をしている何かが目に留まった。
気になった俺は上履きのままで中庭に出て、それを拾い上げた。
落ちていたのは、見覚えのある金属製のブックマーカーだった。
緩い曲線を描くゴールドのブックマーカーの先端にはアンティーク風の鍵をモチーフにしたチャームが揺れている。
● ● ●俺は昼食を終えた後、サロンには行かず、校舎の間にある中庭のベンチに座って彼女が来るのを待っていた。
読みかけの本を開いて目を落としているが、それは格好だけで、目は活字を追っていない。
「あ、あの…すみません。」
少し上擦った声に、ゆっくりと本から顔を上げれば、あの彼女が斜め前に立っていた。
「どうしたん? お嬢さん。」
いくらか緊張した面持ちの彼女に、意識して柔らかい表情を向ける。
「ええと、……その栞なんですが…」
「ああ、これか? ここで拾うたんやけど、…自分のなん?」
やはりブックマーカーは彼女の落とし物だったようだ。
「はい。昨日、どこかに落としたみたいで探していたんです。」
「そうやったんか。今度から気ぃ付けや?」
ベンチの上に置いていたブックマーカーを彼女に手渡す。
「はい、ありがとうございます。すごく気に入っていたから見つかって良かったです。」
ブックマーカーを持った右手を左手で押さえ、ふわりと笑う彼女。
その笑顔の可愛らしさに、まだ朧気だった感情がはっきりとした輪郭を描くを感じた。
「いや、俺はたまたま見つけただけやし。…けど、良かったな。」
「本当にありがとうございます、忍足先輩。」
どうやら彼女は後輩だったらしい。
「俺んこと、知っとるん?」
「あっ…その、……テニス部の皆さんは有名ですから。」
俺の指摘に、彼女は少し目を泳がせてから答えた。
「有名なんは跡部だけやと思うけどな。」
とにかく、折角彼女と話すきっかけを掴んだのだから、もっと…
「なあ、お嬢さん…よかったら、少し俺と話さんか?」
「えっ…」
「取り敢えず、立ったままでおらんと、ここ座り?」
「…は、はい……お邪魔、します。」
にこやかに微笑んで促すと、彼女は遠慮がちに頷き、少し間を空けて俺の隣に腰を下ろした。
柔らかそうな髪が揺れて、甘く優しい香りがふわっと鼻を掠めた。
その微かな香りにさえ動揺してしまうが、あくまで落ち着いた態度で振る舞う。
「ほな、まずは自分の名前教えてもろてええ?」
たくさん話しましょう
(2013.07.21)
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