同学年/越前視点
放課後のHRが終わって図書室に行ったら、もう一人の当番である彼女はもう来ていて、受付のカウンターに座っていた。
図書当番で彼女と一緒になるのは、まだ数えるくらいしかない。
「ちーっす。」
大きくはない声だったせいか、持ち込んだ本を読むのに夢中な彼女からは何も返ってこない。
本にはいかにも女の子って感じの花柄のブックカバーがついていて、タイトルは分からない。
「ねぇ。…ねぇってば。」
少しだけ声を大きくしたら、さすがに気付いた彼女が弾かれたように顔を上げた。
だけど、カウンターを挟んで立っている俺を見た彼女はすぐに俯いた。
「あのさ、本を読むなとは言わないけど、もうちょっと周りに気を配ったら? あいさつしたのに無視とか、気分悪いんだけど。」
彼女のつむじを見ながら言えば、怯えたみたいに身体を小さくする。
その態度がなんかやたらとイライラする。
大体これじゃあ、こっちが悪いことをしているみたいじゃないか。
「ごっ、ごめん…なさい…っ」
閉じた本を胸の前で抱きしめる彼女の声は消え入りそうなくらいに小さい。
クラスが違うから彼女のことはよく知らないけど、かなりの人見知りらしい。
委員会でもほとんど喋らないし。
まあ、うるさいよりはマシだと思うけど。
「いいけど、別に。」
俺は軽くため息をついてからカウンターの中に入り、足元の床に荷物を置いて彼女の隣のイスに座った。
なんとなしに図書室の中を見回すけど、誰もいないみたいだ。
ちらりと隣を見れば、彼女は膝の上に置かれた閉じたままの本に視線を落としていた。
「アンタって、俺のこと嫌いなわけ?」
ちょっと意地が悪いと思うけど、俺はわざとそう聞いてみた。
「そうなんでしょ? いっつもさ、ぜんぜん目合わそうとしないじゃん。」
「っ、……そんな…こと、ないよ…っ」
ビクッと肩を揺らした彼女の相変わらず声は小さいものの否定の言葉が返ってきて、ちょっと気分が良くなる。
「別に、気なんて使わないでいいんだけど。」
「…ぁ、あのっ……ほんとに、違うの……そうじゃ、なくて…」
必死に言葉を繋ごうとする彼女の小さな声は震えていて、さすがにやり過ぎたかなって後悔する。
なんて声をかけようか考えていたら、彼女は俺の制服のシャツを指先でちょこんと掴んできた。
「……その…私っ……越前くん、と……なっ、仲良く、なりたいの…」
耳まで真っ赤な彼女は俺のシャツから手を離すと、本に挟んであったメモ用紙を取り出した。
「これ……私の、メールアドレスで……よ、よかったら……私、と…その…」
両手でメモ用紙を差し出している彼女はぎゅっと目をつむっている。
「…いいけど。」
猫の顔の形になっているメモ用紙を受け取ったら、彼女はびっくりしたように目を見開いた。
「でも俺、あんまりメールしないよ。返信も遅くなること多いと思うし。それでもいいの?」
「っ、…う、うん……ぜんぜん、大丈夫。……ありがとう、越前くん。」
緊張しているせいなのか、少し涙目になっていた彼女の唇がゆるく弧を描く。
(なんだ、笑えるんじゃん。)
初めて見た彼女の笑顔はすごく控えめなものだったけど、悪くないと思った。
「それじゃ、気が向いたらメールするから。」
小さな恋
(2013.06.01)
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