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※こちらを元にした【先輩×後輩シリーズ「そばにおいて」】があります。
 

後輩/報道委員/ヒロイン視点


私は生徒玄関の前で雨宿りしながら、早く止まないかなぁと、どんより暗い灰色の空を見上げた。

だけど、雨が上がる気配はなくて、やっぱり濡れて帰るしかないのかなぁと、ため息をつく。

今朝、寝坊してしまったのがいけなかった。

昨日の夜に天気予報を見て、傘を持っていかなくちゃと思っていたのに、あわてて家を出たから忘れてしまったのだ。

「みょうじ、お前、傘無いのか?」

急に声をかけられて振り向けば、同じ報道委員の先輩が立っていた。

「日吉先輩…えっと、はい。持ってくるのを忘れてしまいまして。」

なにか用事がある時以外に先輩から話しかけてくれるのは珍しくて、ちょっと驚きながら答える。

「雨が止むのを待っているんです。」

「無駄だろ。夜まで降るらしいからな。」

「ですよね…。」

あっさりと言い切られてしまい、やっぱり雨の中を走って帰るしかないなぁと、あきらめる。

「……お前、家はどこなんだ?」



申し訳なくて最初は断ったのだけれど、結局、私は先輩に家まで送ってもらうことになった。

そして、それはつまり、同じ傘の下に入ることになるわけで。

先輩の傘はいくらか大きめだけど、それでもそばに寄らなければ濡れてしまうから、どうしても距離が近くなる。

時々、肩や腕がぶつかってしまい、その度に私は心臓を跳ねさせていた。

(絶対、顔赤くなってるよね。)

湿気を含んだ冷たい空気を火照った頬に感じる。

私は赤いだろう頬を隠すように、うつむいて自分の足元ばかりを見ていた。

(それにしても……)

続く沈黙が気まずい。

歩き始めた時に当たり障りのない話を少しだけした後、お互いにずっと黙り込んでいるのだ。

なにか話題をふろうにも、会話がはずむような話題が思いつかない。

それに、先輩は無口なほうだから、下手に話しかけたら迷惑に思われてしまうかもしれない。

先輩の隣を歩けるのはすごく嬉しいのに、私は逃げ出したいような気持ちにもなっていた。

ちらりと先輩の横顔を盗み見て、すぐにローファーのつま先に視線を落とす。

どうして、先輩は同じ報道委員をしているだけの私を送ってくれると言ったのだろうか。

何度か話したことはあるけれど、それほど親しくもないのに。

私が、一方的に想いを寄せているだけで…


最初は、なんだか怖そうな人だなと思った。

言葉は少しきついし、にこりともしなくて無表情で。

だけど、一緒に校内新聞の記事を担当した時、先輩はあきれながらも、なにも分からない私に丁寧にいろいろ教えてくれた。

私が記事を書くための資料集めに困っていたら、文句を言いつつも手伝ってくれたこともあった。

そんな先輩のどこか不器用な優しさが嬉しくて、いつの間にか私は恋に落ちていたのだ。


少しも私のほうを見てくれない先輩の涼しげな横顔を見つめる。

「さっきから何なんだ?」

「え…っ」

急に先輩が私を横目に見て、バチッと目が合ってしまった。

「ちらちら見てただろ。言いたい事があるなら言え。」

「あの、その……ごめんなさい、なんでもないです。」

「…そうかよ。」

不機嫌そうに返されて、気持ちが沈んでしまう。

せっかく一緒に帰っているのに、私は一体なにをやっているのだろうか。



「あ、あの…っ 日吉先輩!」

私の家に着き、さっさと背中を向けた先輩を呼び止めれば、怪訝そうな顔で振り向いた。

「何だ。」

「今日は、ありがとうございました。」

ペこりと頭を下げてから、私は精一杯の笑顔を先輩に向けた。

少しでもいいから、先輩の心に残りたくて。

私の笑顔が先輩の心に届くかは分からないけれど。

「っ…別に。」

「すごく助かりました。」

「だから、別にいいって言ってるだろ。…次は傘忘れるなよ。いつも送ってやれる訳じゃないからな。」

「はい、気をつけます。…じゃあ、先輩、また委員会の時に。さようなら。」

「フン…じゃあな。」

素っ気ない態度の先輩だけど、頬にはかすかに赤みがさしている。

お礼を言われて照れる必要はないと思うのだけれど。

そんな先輩がなんだか可愛く見えてしまった。

次はもっと話せたらいいなぁと思いながら、私は先輩の姿が見えなくなるまで見送った。



私を覚えてください

(2012.09.15)

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