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恋人(同学年)/忍足視点


「なんで急にミーティングとか言い出すんや。」

放課後のまだ明るい廊下を足早に歩きながら、不機嫌な声で独り言つ。

今日は本来ならば部活はオフで、放課後に可愛い恋人と過ごせる貴重な日だというのに。

けれど、そんな苛々もやっと着いた教室のドアを開けて大事な人の姿を見ればどうでも良くなる。

「すまんな、なまえ。待たせてしもて。」

俺の席に座っている彼女に声を掛けても反応が無い。

横から顔を覗き込めば、頬杖をついたまま居眠りをしていた。

その可愛らしい寝顔に心が和む。

けれど、

その声で俺の名前を呼んで欲しい。

いつもの笑顔を俺に向けて欲しい。

「なまえ、起きてや。」

少し屈んで、彼女の細い肩に手を置いて軽く揺する。

ゆっくりと目蓋が持ち上がり、その瞳に俺が映った。

「………んー…?」

「おはようさん。目ぇ覚めたか?」

「……おはよ、侑士くん。」

眠そうな声と顔の彼女は柔らかく笑い、緩慢な動きで両腕を伸ばして俺の首に抱き付いてきた。

「おっと。…なまえ、ちゃんと起きとる?」

返事をしない代わりに、彼女は抱き付いている腕に力を込める。

甘えている…のだろうか。

「可愛えなぁ。」

いつもと違う彼女の姿に、つい頬が緩んでしまう。

どうせなら、普段もこれくらい甘えて欲しいのだが。

そんなことを考えていると、

「大好き。」

寝ぼけている所為か少し甘い声で囁いた彼女。

次の瞬間には、頬に柔らかい感触が触れた。

「っ…なんちゅうことを。」

きっと今、自分の顔は赤いに違いない。

誰に見られる訳でもないが、俺は熱い顔を片手で覆った。

「ぁ…っ」

小さな声がしたかと思うと同時に、急に強張る腕の中にある華奢な身体。

完全に目が覚めたらしい彼女が真っ赤な顔をして固まっていた。

「ごっ、ごめんなさい?!」

残念なことに、彼女は俺の腕の中から逃げてしまった。

「別にそのままで良かったんやけどな。」

「え、や、だって……なんで?」

「ん?」

「どうして、その…」

「…ああ、なまえから抱き着いてきたんやで。」

話しながら、近くの机に腰掛ける。

「う、うそ…っ」

自分がそんなことをしたとは信じられないらしく、彼女は大きな目を丸くする。

「嘘やないって。それより、もっとベタベタしてくれて良えんやで。」

「そ、それは…」

「嫌やない…ちゅーか、好きやろ?」

恥ずかしがりな彼女はあまりベタベタさせてくれないが、本当は甘えたな性格なのだ。

「こっち来ぃ、なまえ。」

俺は彼女にしか見せない笑みを浮かべ、手の平を差し出した。

立ち上がって、おずおずと俺の傍に来た彼女の腰に両手を回して抱き寄せる。

「侑士くん、あの…」

「好きやで、なまえ。」

自分の脚の間に収まった彼女の髪を撫でて唇を重ねる。

取り敢えずは触れるだけにした唇を離すと、彼女は俯いて俺の胸に額を押し付けた。

腰にあった手を背中に回して、可愛らしい反応をする彼女をぎゅっと抱き締める。

「なまえは可愛えな。あんまり可愛えから、離したなくなるわ。」

柔らかな彼女の髪を撫で、つむじの辺りに唇を落とす。

彼女はびくりと身体を揺らした後、しがみつくように抱き着いてきた。

仄かに甘い香りのする髪に鼻先を埋めながら、俺は自分の唇が弧を描くのを自覚した。



可愛いきみ

(2012.08.05)

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