short


同級生/ヒロイン視点


私は他の生徒のいない通学路を走っていた。

二度寝してしまったせいで寝過ごし、遅刻しそうになっているのだ。

少し近道になるからと公園を横切ろうとした私は、知っている人物の姿を見つけて走る速度をゆるめた。

木製のベンチに座っている大柄な男の子は、この春に転入してきたクラスメイトの千歳くんだ。

時間通りに登校してくることが稀な千歳くんは制服に着替えてもいなくて、のんきに猫たちにエサをあげていた。

あまり時間に余裕はないにもかかわらず、気になった私は千歳くんの前で足を止めた。

「千歳くん、学校は?」

まだ行く気はないんだろうなと思いつつ声をかけると、千歳くんはエサをあげるのを中断して私のほうを見た。

「……ああ、みょうじさん。おはようさん。」

「うん、おはよう。……って、そうじゃなくて!」

のんびりした千歳くんの雰囲気につられてしまった。

「今日は学校に行かないの?」

「こげん天気のよか日に焦って学校に行く必要なかと。」

「天気が良くても悪くても、学校にはちゃんと遅刻しないで行かないといけないんだよ。」

遅刻しそうになっている私が言えたことじゃないけれど。

「みょうじさんは真面目ったいね。」

「そうでもないと思うけど。……千歳くんが不真面目なだけだよ。」

「はは、厳しか。」

たいした気にしたふうもなく笑う千歳くんは、自分の膝の上で丸くなっている猫の身体をなでている。

「ばってん、みょうじさんも今日は遅刻っちゃね。」

「え、うそっ!?」

千歳くんに言われて公園の時計を見たのと同時に、遠くでチャイムが鳴ったのが聞こえてきた。

「どうせ遅刻になるなら歩いたのに……」

「みょうじさんも一緒に日向ぼっこせんね?」

がっくりと肩を落とす私とは対照的に、なんだか楽しそうな千歳くんは自分の隣のベンチをぽんと叩いた。

ほんとにマイペースだ。

でも、今から急いで学校に行っても怒られるのだったら、いっその事ゆっくり休んでいこうかなと考える。

そう考えてしまうのは、千歳くんのゆるゆるした雰囲気に影響されてしまったからなのかもしれない。

「じゃあ……ちょっとだけ。」

千歳くんの足元にいる猫たちに気をつけながらベンチに腰を下ろす。

暖かい日差しが降り注いでいて、ゆったりした気持ちになる。

「ぽかぽかしてて気持ちいいね。」

「そやね。」

なんだか平和だなぁと思っていたら、ぐぅっとおなかが鳴ってしまった。

「いっ、今のは聞かなかったことにして!」

「朝飯まだだったと? よかったら一緒に食べんね?」

熱くなった頬を両手で押さえていると、千歳くんは大きな紙袋をガサガサと開けた。

途端に、ふわっと焼きたてのパンの良い香りが漂ってきた。

「寮の近くのパン屋で買ったと。焼きたてやけん、うまかよ。」

「……もらってもいいの?」

すごく食べたいけど、人様の朝ごはんをもらうのはさすがに悪いような…。

「遠慮せんでよかたい。」

そう言ってもらい、あんまり遠慮するのも失礼かなと、自分に都合よく考える。

だって、香ばしい匂いがしていて本当においしそうなのだ。

「ありがとう、千歳くん。」

お礼を言って、差し出された紙袋の中を覗く。

私はちょっと迷ってから、あんドーナツらしい砂糖のかかったパンが入ったビニールの子袋を手に取った。

千歳くんはコロッケのはさまった惣菜パンを袋から出していた。

「んー、おいしい。」

焼きたてのパンは温かくて生地がふんわりしていて、すごくおいしい。

なんだか贅沢な時間を過ごしているなぁと思いながら、よく晴れた空を見上げる。

弱く吹いた風が優しく頬をなで、たまにはこんな過ごし方もいいかもしれないと思った。



陽気に誘われ

(2012.07.16)

 

千歳くんが『公園で野良猫にエサをあげながらパンを食べる』というネタは『ペアプリ Vol.9』より拝借しました。

- ナノ -