同学年/ヒロイン視点
学校近くの海岸の砂浜に下りて、水平線に沈んでゆく夕陽を眺めるのが放課後の習慣のようになっていた。
ここは、数え切れないくらい何度も彼と語らった思い出の場所だ。
彼とは一年生の時に同じクラスになってからの付き合いだった。
不思議と気が合って、クラスの中でもお互いによく話す相手だった。
二年生になった時にはクラスが離れてしまったけれど、部活が終わった後によくここで話をしていた。
そんな中で、いつしか彼に惹かれている自分に気付いた。
勇気を出して想いを打ち明けると、彼もそうだったと照れくさそうに言ってくれた。
それから毎日のように夕陽が沈むまで話した後は手を繋いで一緒に帰った。
時には喧嘩をしてしまう事もあったけれど、私達の絆は強くなっていった。
だけど、去年の冬休みに彼に呼び出されて、突き刺さるような冷たい風が吹く中で、親の都合で海外に行くのだと告げられた。
突然の想像もしていなかった事に驚いたけれど、私達なら大丈夫だと私は笑って彼に言った。
彼も笑ってくれたけど、不安だったのだろう、私をきつく抱き締めた。
それから数ヵ月後、桜の咲かないうちに私は彼を見送った。
寂しくて泣いてしまう夜はあったけれど、彼とは頻繁に連絡を取り合っていて、不安はなかった。
だけど、だんだんと彼からの連絡は減っていった。
最初は慣れない生活が大変なのだろうと思っていた。
でも、違った。
強いと思っていた私達の絆は隔てられた距離に断ち切られてしまったのだ。
それから私は時々だけれど、この海岸に一人で来るようになっていた。
過去を思い出しても無意味だと分かっているのに。
隣に彼がいないという現実を思い知るだけなのに。
二人で見ていた夕陽はあんなにも綺麗だったのに、一人で見る夕陽は…
風に弄ばれる髪を手で押さえていると、誰かが砂を踏みしめながら近付いてくる音がした。
その足音の正体を、私は知っている。
ゆっくりとそちらに顔を向ければ、案の定、私のほうに歩み寄ってくるその人の姿があった。
「今日も来たんだね、柳くん。」
「ああ。」
短く答えた柳くんに少しだけ笑みを見せて、私は眼前の景色へと視線を戻した。
私の隣に一人分の間を開けて並んだ柳くんも水平線に沈む夕陽とそれに照らされて輝く水面へと目を向ける。
初めてここで柳くんと会ったのは偶然だ。
何故か柳くんはそれ以来、よくここに来るようになった。
そして、顔見知りになった柳くんと少しずつ話をするようになった。
柳くんと過ごしていくうちに私は、時の流れが残酷で優しいことを知った。
色褪せて見えていた景色が、今では鮮やかに輝いて私の目に映っている。
いつしか、私がここに来る理由は柳くんになっていた。
水平線に夕陽が沈み、繊細なグラデーションが徐々に一色に収束されてゆく。
口を閉ざしたまま、次第に境界線が曖昧になっていく空と海をみる私の隣で柳くんも静かに佇んでいた。
藍色へと落ち着いた空には折れそうに細い三日月が浮かんでいる。
それでも私は口を開けなかった。
もう隠し切れない想いを伝えようと決意を固めてきた筈なのに。
柳くんはそんな私のいつもと違う雰囲気を感じ取っているのか、何も言わずに隣に居てくれている。
私は意を決し、頼りなげな細い三日月を見ながら言葉に想いを乗せた。
「月が綺麗ですね。」
きっと、柳くんには伝わるだろう。
「ああ、俺もそう思う。…君といると月が綺麗だ。」
返ってきた言葉に隣を見れば、柳くんは見たことのない綺麗な表情で微笑んでいた。
私の心を読んでください
(2012.06.17)
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『I love you』を『月が綺麗ですね』もしくは『君といると月が綺麗です』と訳したというのは、夏目漱石の
有名な逸話 都市伝説的な逸話らしいです。