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後輩/マネージャー/ヒロイン視点


「何なんだ、一体。」

部活が始まってすぐ、なんとか跡部さんを部室まで引っ張って来たけれど、明らかに苛立っているのが分かる。

鋭い眼光に怯みそうになってしまうけれど、ここで退く訳にはいかない。

「跡部さん、体調があまり良くありませんよね。休んでください。」

「何も問題は無い。用件がそれだけなら俺は戻るぜ。お前もさっさと…」

「嘘です。」

私はドアの前に立って、外に出て行こうとする跡部さんの行く手を阻んだ。

「お願いします。少しでいいですから、休んでください。」

険しさを増した跡部さんの瞳を必死に見返す。

「チッ……分かった。」

苦虫を噛み潰したような顔をしてから、跡部さんは諦めたように息を吐いた。

「では、30分後に呼びに来ますね。」

「待て。」

部室を出て行こうとしたら、腕を跡部さんに掴まれてしまった。

跡部さんは私をロッカールームにあるソファーに座らせると、横になって私の太腿の上に頭を乗せてきた。

「あの…跡部さん?」

「お前が休めって言ったんだからな、付き合えよ。」

言い終わるなり、跡部さんは目を閉じてしまう。

(こ、この状況は…っ)

ジャージの生地越しに感じる温もりに、ドキドキと自分の心臓が煩い。

「どうして分かった。」

「は、はいっ?」

口を開いた跡部さんだけど、目は閉じたままだ。

「確かに多少の疲れは感じていたが、不調をきたす程じゃねぇ。普通なら気付かない筈だ。」

「……今は休んでください。」

「答えろよ。」

目蓋が持ち上がり、蒼い瞳が私を映す。

「それは……見ていたら分かりますよ。部員の体調管理もマネージャーの仕事ですから。」

『好きな人のことなら分かる』なんて言える筈もなくて、もっともらしい理由を返す。

「…そうかよ。」

幾分投げやり気味に言うと、跡部さんは再び目を閉じた。



不意に膝の上の重みが増して、跡部さんが完全に寝入ったのだと分かった。

視線を落とした先にあるのは、完璧なまでに美しい造作。

だけど、秀麗な眉は不機嫌そうに寄せられていた。

長い睫が頬に作る影が、表情に翳りを帯びさせている気がする。

(色々、あるんだよね。)

その双肩にかかっているもの全てを、私は知っている訳でない。

だけど、私が知っている限りでも、それは相当なものだと感じる。

それなのに、他人に弱さなど微塵も見せない。

だからこそ心配になってしまうということを、跡部さんは分かっていないだろう。

「あまり無理をし過ぎないでくださいね。」

起こしてしまわないように小さな声で言って、眉間にそっと唇を寄せた。

「するなら、ちゃんと口にしろよ。」

瞬間、呼吸も瞬きも忘れた。

「聞いているのか?」

私が言葉にならないでいると、跡部さんは徐に身体を起こした。

「……あああ、あ、あの…っ」

隣に座り直した跡部さんに恐る恐る顔を向ければ、それはそれは愉しそうに口元を歪めていた。

「今日のところは許しといてやる。次は……分かっているんだろうな?」

「っ……」

細められた蒼い瞳に浮かんだ色に、身体が震えた。



特別の存在

(2012.06.06)

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