後輩/ヒロイン視点
「あー!! キミ、来てくれたんだ!」
テニスコートからギャラリーのほうに向ってぶんぶんとラケットを持った手を振る金髪の彼はあきらかに自分を見ている。
びっくりして固まっている私に、コートやギャラリーからの視線が集まる。
たくさんの視線にさらされ、恥ずかしさで顔が熱くなって目には涙がたまってきてしまう。
「なまえ、どうしたの?」
一人でおろおろしていると、テニス部のマネージャーをしている友達が駆け寄ってきた。
「う、うん。これ、英語の宿題なのに間違って数学のノートが提出してあったっんだって。部活が終わったらでいいから提出し直すようにって先生が言ってたよ。」
早くこの場から立ち去りたくて、ちょっと早口になりながら用件を伝え、先生から預かったノートを友達に手渡す。
「うそー、なんで間違ったかなぁ…わざわざありがとね、なまえ。」
「ううん、いいよ。」
「ところで、ジロー先輩と知り合いだったの?」
ノートを受け取った友達が声をひそめて聞いてくる。
「違うよ。知り合いじゃ…」
「この間、抱き枕になってくれたじゃん。」
「っ!?」
驚いて声のしたほうを見れば、いつの間にかコートから出た彼が私たちのそばに立っていた。
「抱き枕って……あんた、なにやってんの?」
「ち、違うのっ あれは事故で、したくてしたわけじゃなくて…っ」
信じられないという目で見てくる友達の誤解を解こうと必死になる。
「ええ〜 なんか冷たいC〜」
「おい、そこの二人! 部活中に油売ってんじゃねぇ!」
「は、はい! すいませんっ! なまえ、ノートありがとね!」
コートの方から響いた声に姿勢を正した友達はあわてた様子で戻っていく。
「ジロー! てめぇもさっさと練習に戻りやがれ。」
「ちぇー わかったって。…じゃあ、またね!」
彼は私に手を振り、渋々といった様子でコートに戻っていった。
まだ、顔の熱が治まらないまま、一人で帰り道を歩く。
すごくびっくりした。
あの時の彼にまた会うなんて思っていなかったから。
――数日前、昼休みに中庭を歩いていた私は植木の茂み近くでなにかにつまづいて転んでしまった。
その“なにか”が、彼だったのだ。
こんな場所で寝ていては危ないと思い、彼を起こそうとしたのが間違いだった。
芝生に膝をつき、声をかけながら彼の肩を軽く揺すると、いきなり腕を掴まれた。
腕を引っぱられて彼の上に倒れ込んでしまうと、そのまま抱き締められた。
驚いて必死にもがいたけれど、彼の腕はゆるむどころか、ますます強く抱き締められた。
「……キミ、だれ?」
少しして、急に目を開けた彼がそう訊ねてきたけれど、私はそれには答えず、
「は、離してくださいっ」
力のゆるんだ彼の腕から逃げ出した。
(2012.04.28)
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