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同級生/ヒロイン視点


あの日は、たまたま教室に自分たち二人しか残っていなかった。

ただ隣り合って外を眺めながら他愛のない話をしていただけの、なんてことはない日常の一つだった。

けれど、それはなんの前触れもなく崩れた。

ふと目が合って、引き寄せられるように互いに唇を寄せ合った。

だけど、ただそれだけ。

私達の関係が変わることはなかった。

その後、お互いにあの日のことには触れる事はなかったから。



放課後、教室の窓枠に腕を乗せてぼんやりと外の景色を見ていると、後ろでドアの開く音がした。

まっすぐ近付いてくる足音に顔だけ振り返る。

「忍足…どうかしたの?」

「ああ、……いや…」

歯切れ悪く頭をかきながら隣に並んだ忍足を少し見てから、私は視線を窓の外に逃がした。

「あんな、なんであの時キスしたんか考えたんやけど……よう分からんかった。」

「私もだよ。」

わからないけれど、あれが“雰囲気に流された”というやつなのかもしれない。

「そうか。けど……多分な、傍におるのが当たり前過ぎて、気付いてないだけなんやと思うねん。」

「意外と鈍いんだね。」

「自分は茶化さんと会話できんのかいな。」

少し呆れたような忍足の声に、私は少し笑った。

「なーんか、グダグダだなぁって思ってさ。」

「まあ、確かにな。…で、自分はどうなん?」

「だから、私もわからないよ。嫌ではなかったけど…好きとかピンと来ない。」

「俺と変わらんやん。」

今度はハッキリと呆れた声で言う忍足。

「そうだね。でも、激しいだけが恋愛ではないと思うわけです。」

「同感やな。……なぁ、もう一回キスしてみぃひん? そしたら分かるかもしれへんやん?」

横を向くと、忍足は思いのほか真剣な顔をしていて、私は黙って目を閉じた。

ごく軽く、唇が触れ合った。

ゆっくりと目を開けると、忍足の顔が間近にあった。

「分かったか?」

「わからない、から……もう一回して。」

「素直やないなぁ、自分。」

忍足は眉根を寄せて苦笑いをこぼす。

「何が?」

「天然か。」

「さあね?」

私は小さく笑って、忍足の度の入っていない眼鏡を取り上げた。

「怖い女やな。」

全然そんなふうには思っていない口調で言いながら、忍足も笑っている。

「でも、私のことが好きなんでしょ?」

忍足の首に腕を絡ませる。

「自分が俺んことを好きなんやろ?」

忍足が私の腰に腕を回して引き寄せる。

じっと忍足の目を見つめていると、忍足は目を伏せた。

そして、そっと唇が重ねられた。

「好きでもない男とはキスせぇへんやろ?」

「それは…どうかな?」

今度は自分から唇を合わせる。

「はや素直になりや。」

「そっちこそ。」

お互いに決定的な言葉を言わないまま、夕陽に染められた静かな教室で唇だけを重ね続けた。



気持ちの探り合い

(2012.04.08)

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