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同学年/柳視点


学校からの帰路の途中、歩道で立ち止まっている彼女の姿を見つけ、俺はそちらに迷わず足を向けた。

「みょうじ。」

斜め後ろから声を掛けると、彼女は大袈裟にその細い肩を揺らした。

「…柳、くん。」

振り返った彼女は俺を見ると、少し強張っていた表情を和らげた。

「すまない、驚かせるつもりは無かったのだが。」

「ううん、大丈夫だから気にしないで。」

そう返して淡い笑みを浮かべる彼女の隣に自分も並ぶ。

「随分と見入っていたようだな。」

「うん、ここのお庭の椿がすごく綺麗だったから。」

彼女に倣い、寒空の下で凛とした姿で咲き誇る椿の花へと目を向ける。

「確かに…見事なものだな。」

厚みのある艶々した濃い緑色の葉に、黄色の蕊との対比が美しい端正な赤い花が映えている。

「日本的な花だよね。花言葉は【美徳】とか【慎み深い】とかで。…確か、かなりの品種があるんだよね?」

「ああ、日本で作られた品種だけでも2000はあるらしい。また、19世紀にはヨーロッパで園芸植物として大流行し、多くの品種が作られたそうだ。」

「相変わらず、何でも知っているんだね。」

概要を言っただけだが、感心したような彼女の反応に、悪い気はしない。

「何でも、という事も無いがな。因みに、椿の花言葉の一部は花に香りが無いことに由来するらしい。」

「そうなんだ。そこまでは知らなかったよ。…でも、少し意外だな。」

「意外、とは?」

横にいる彼女をちらりと見遣るが、彼女の目は椿の花に向けられたままだった。

「柳くんが花言葉にまで詳しいとは思わなかったから。生態とかには詳しそうな気がするんだけどね。」

彼女の俺に対する認識はあながち間違ってはいないだろう。

元々、ごく一般的な花言葉だけなら知識の一つとして持っていた。

詳しく調べるようになったのは彼女の興味の対象であると知ったからだ。

文芸部に所属している彼女は、創作の参考に調べた事を切っ掛けに深く興味を持ったらしい。

「ところで、試験が近くなってきたが勉強は捗っているのか?」

「それが……試験範囲でよく分からない所があって…」

期末テストの話を持ち出せば、案の定、彼女は困ったように眉を曇らせて俺を見上げた。

彼女が自分を見たことで満足感を得る自分に少し呆れる。

「また数学か?」

「うん。それでね、柳くん…」

「真面目にやるのならば教えよう。」

「いいの? ありがとうっ!」

先回りして答えれば、彼女は暗かった表情を途端に明るくさせた。

俺が共に過ごす口実を作る為に試験の話を振った事に気付く様子は無い。

そんな他愛の無さに緩みかけた口元を正した時、視界の端で椿の花が音も無く揺れた。

咄嗟に出した俺の掌に落ちた椿の花を見て、彼女は柔らかく微笑んだ。

「贈り物みたいだね。素敵。」

「これはお前にやろう。」

「いいの?」

「ああ、遠慮せずに受け取ってくれ。」

「ありがとう、柳くん。」

差し出された彼女の両手に、赤い椿の花をそっと乗せる。

「これは俺の気持ちだ。」

「え…? ……ええと、どう受け取ったらいいのかな?」

彼女は戸惑った様子で掌の上の椿の花と俺の顔を交互に見詰める。

「それは…」

俺は少し身を屈め、物問いたげな顔をしている彼女の耳元に唇を寄せた。

「お前の望むように解釈してくれて構わない。」



我が運命は君が掌中にあり

(2012.01.08)

 

赤い椿の花言葉は、『慎み深い』『自然の美徳』『気取らない優美』『気取らぬ魅力』『我が運命は君が掌中にあり』『高潔な理性』『常にあなたを愛します』など

椿の花言葉は、『完璧な魅力』『素晴らしい魅力』『美徳』『誇り』『賞賛』『理想の恋』『完全な愛』『私は常にあなたを愛します』『控えめな美点』『控えめな優しさ』『謙遜』『慎み深い』『優美と貞節』『女性らしさ』『私の運命はあなたの手に』など

椿は散る時に花全体が丸ごと落ちます。それが首が落ちる様子を連想させる為、武士は椿を嫌った、という話があります。しかし、それは明治以降の流言で、むしろ江戸時代には潔い花として武士に好まれたそうです。

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