先輩/ヒロイン視点
目が合った次の瞬間、私は頭で考えるより先に走り出していた。
昼休みで人の多い廊下を誰かにぶつかりそうになりながら必死で走る。
だけど、本館から特別教室棟へと辿り着き、上の階へと続く階段を駆け上がろうとしたところで日吉に捕まってしまった。
「どうして、俺から逃げるんですか?」
「っ…だって、……ひ、よし、が……追い、かけて…っ……」
手首を掴まれたまま振り返らずに、肩で息をしながら答える。
「あなたが先に逃げたんでしょう。」
「……その、…………なんとなく。」
上手い理由なんて考え付くはずもなく、言葉に詰まる。
「“なんとなく”で俺の顔を見て逃げるんですか、あなたは。大体、今日だけじゃないでしょう。俺が気付いていなかったとでも?」
「…日吉から逃げたりしてないよ。」
否定したところでごまかせるとは思っていないけれど、私には他に答えようがない。
「それなら、こっちを向いて下さい。」
今の自分の顔を見られたくないし、日吉の顔を見るのが怖い。
「なまえさんっ!」
黙り込んでいると、肩を掴まれて身体ごと振り向かされた。
「顔を上げて下さい。」
「い、嫌…」
情けない顔をしているのを見られたくなくて、私は深く俯いた。
「意外と強情ですね。……なまえさん、俺に言いたい事があるでしょう?」
日吉の言葉に、ビクッと身体が揺れた。
「ないよ、何も。」
だって、もう言えない。
日吉は好きな人がいると言った。
それなのに、どうして自分の気持ちを伝えられるのだろう。
心臓が握り潰されるように痛くて、落ち着いたはずの呼吸が苦しくなる。
「言ってくれないと、俺が困るんですが。」
「……どうして、日吉が困るの?」
分からない。
そもそも、日吉は私の言いたかったことなんて知らないはずなのに。
「俺はあなたが好きなんです。だから、あなたが俺を好きだと言ってくれないと報われない。」
自分の耳に届いた言葉を反芻する。
(日吉が、私を…?)
私は信じられない気持ちで、ゆっくりと顔を上げて日吉を見た。
少し長めの前髪から覗く切れ長の目は真っ直ぐに私を見ていた。
「私は……日吉を好きでいて、いいの?」
「そうじゃないと俺が困ります。」
押し殺そうとしていた気持ちがあふれてくる。
「っ、……ひよ、しっ…好き……好きだよ…っ」
「泣く必要はないでしょう。」
「だって、……諦めなきゃって、思って……わ、私…っ」
いくら手で拭っても涙が止まらなくて頬を濡らす。
「仕方のない人ですね。」
日吉は小さくため息をつくと、急に私を抱き寄せた。
「なまえさん、あなたが好きですよ。だから、もう泣かなくていいです。」
「っ……うん……ありがとう。」
日吉の胸に顔を埋めたまま頷いたけど、簡単には涙は止まってくれない。
きちんと糊のきいたシャツを私の涙が濡らしてしまうけれど、日吉は何も言わずに私を抱き締めていてくれた。
私はあなたの感情を知って喜ぶ
(2011.11.05)
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