short


※悲恋

同学年/柳視点


昼食の後、俺は彼女に屋上へと誘われた。

少し風が強い所為だろう、生徒の姿は少なかった。

屋上を見回し、周りに人のいない花壇の傍にあるベンチに彼女と並んで座る。

自販機で買った緑茶の缶を手に彼女が話し出すのを待つ。

そっと隣の様子を窺えば、彼女は蓋の開けられていないココアの缶を握り締めていた。

「私……」

彼女が静かに口を開き、俺は僅かに身体を強張らせた。

その続きを聞きたくは無い。

だが、俺に彼女の言葉を止める事など出来はしない。

「告白することに決めたの。」

「…そうか。」

強い決意の秘められた彼女の声に、胸が音を立てて軋む気がした。

「柳くん、今まで相談に乗ってくれてありがとう。」

俺を真っ直ぐに見て微笑む彼女はなんと美しく、なんと残酷なのだろう。

「俺は大した事はしていないさ。」

「そんなことないよ。柳くんのおかげで勇気が持てたんだもの。私、頑張るね。」

その瞳に宿る強い光に、また心を奪われてしまう。

あまりにも無意味だというのに。

「お前なら、大丈夫だ。俺が保障しよう。」

これ程までに言葉を発するという行為が苦痛だった事は無い。

だが、絞り出した筈の俺の声はいつもと変わらないものだった。

「ありがとう。柳くんにそう言ってもらえると心強いよ。」

俺を瞳に映して微笑んだ彼女は目の前にいるのに、ずっと遠くにいるように感じた。



残されたのは、行く場のない俺の想いだけだ。

俺は彼女に何も伝えないまま凛とした背中を黙って見送った。

自分の気持ちに気付かなければ良かったと、

この想いが消えてしまえばいいと、

幾度思っただろうか。

そんな事は不可能だというのに。

彼女を忘れる事など、出来はしない。

そして、

彼女の告白が成功するということを、俺は知っている。

遠からず、彼女は幸せな報告をしに俺の元へ来るだろう。

その時、俺は上手く笑えるだろうか。

「っ……」

心臓が鋭く痛み、俺は制服の左胸を握り締めた。

此処に、心は無いというのに、どうしてこんなにも痛むのか。

いや、仕組みならば知っている。

(だから何だというのか。)

自嘲めいた笑みが自分の口元に浮かぶのが分かる。

どんな知識があろうと、この痛みは変わらないだろう。

込み上げそうになるものがあり、それが零れないように空を仰ぐ。

【恋をすると人は変わる】と最初に言ったのは誰だろうか。

確かに、彼女も俺も変わった。

彼女は綺麗になり、強くなった。

そして、俺は――



悲しみは我が胸に

(2011.09.16 初掲)□□□□
(2023.11.22 タイトル変更)

 

タイトルを柳(やなぎ)の花言葉に変更しました。その他の花言葉は『わが胸の悲しみ』『愛の悲しみ』『悲哀』『自由』『従順』など。

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