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恋人(同学年)/ヒロイン視点


私は今、テニス部の部室で景吾と向かい合っている。

「さっさとしろよ。」

「…分かってる。」

私は意を決して、景吾のネクタイに手を伸ばした。

水分を含んで重くなっているネクタイを少し手間取りながら解いていく。

何故、こんな事になっているのか。

事の起こりは数分前に遡る。



「あ。」

花壇の水やりをやっていた私が校舎の角から現れた人影に気付いた時には、すでに遅かった。

視線の先には、頭から水に濡れた景吾が立っている。

ホースの口を指で潰していたから、水の勢いが強くて、景吾の上半身はずぶ濡れだ。

不測の事態に、冷や汗が背中を伝う。

私の手から落ちたホースからは水が出続けており、地面を濡らしていく。

「人に水をかけておいて一言もねぇのか、お前は。」

「ご、ごめんっ!」

鬱陶しそうに濡れた前髪をかき上げて睨んでくる景吾に、固まっていた私は慌てて謝った。

「ちょっと待ってて! タオル、持って来るから…っ」

保健室に行けばタオル類を借りられるだろうと、私は駆け出した。

だけど、景吾の脇を通り過ぎようとしたところで、ガシッと腕を掴まれてしまった。

「え、…どうしたの?」

「タオルなら部室に行けばある。それより、責任を取ってもらわねぇとな?」

「へ?」

ぽかんとする私をよそに、景吾は口の端を持ち上げた。

「着替えさせろ。」



故意にではないけれど思いっきり水をかけてしまった手前、私は強く拒否も出来なくて、現在に至る訳だ。

覚束無い手付きで解いたネクタイをシャツの襟から抜いて、近くの机の上に置く。

そして、今度はシャツのボタンを外すことになる訳だけれど…

濡れたシャツがぴったりと身体に張り付いて肌の色を透かしているのが必然的に視界に入ってきて、耳の奥で自分の心臓の音が煩く響く。

縺れる指先でシャツのボタンを外していけば、露わになってくる引き締まった身体。

頬に熱が集まってくるのを自覚して、意識しないようにと自分に言い聞かせる。

(初めて見る訳じゃないんだから、別に…)

「早くしろよ。俺に風邪を引かせる気か?」

「う、煩いっ」

愉しそうな声音に、私は俯いていた顔を上げて景吾を睨み付けたけど、すぐに後悔した。

濡れた前髪から覗くロイヤルブルーの瞳が艶めいて見えるのは気のせいか。

目を奪われていると、景吾の前髪から落ちた冷たい雫が私の熱を帯びた頬を濡らした。

「お前、たまに可愛くなるよな。」

「っ、…何、言って…」

クッと喉の奥で笑った景吾は私の頬に落ちた雫を舌で舐め取った。

それに大きく動揺しながらも、早く終わらせてしまおうと、私は残りのボタンを外して景吾のシャツを脱がせた。

ネクタイの隣にシャツを置き、ロッカーのハンガーに掛かっている新しいをシャツを取ろうとした。

それなのに、

「はっ、離してよ! 私まで濡れちゃう…っ」

後ろから強く抱き竦められて、制服のブラウス越しに景吾の冷えた肌の感触を感じ、私の頭は沸騰寸前だ。

じわじわとブラウスが水気を帯びてくるのと同時に私の体温は上がっていく。

「やっ、どこ触って…っ」

スカートの裾から侵入した骨ばった手が太腿を撫で上げてきて、呼吸を乱してしまう。

「心配すんな。どうせお前も着替えることになる。」

耳元に吹き込まれた低い声と吐息に、強い眩暈を覚えた。



誘惑されます

(2011.08.15)

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