同学年/マネージャー/千石視点
「このままなら、今夜はよく星が見えるかな。」
久しぶりに気持ち良く晴れ渡った空を見上げた後、俺は部室の前に飾ってある笹に視線を向けた。
檀くんが持ってきた笹には七夕飾りだけじゃなく、部員たちが願いごとを書いた色とりどりの短冊がくくられている。
その中の一枚、オレンジ色の短冊には【みんながケガをしませんように】と綺麗な字で書かれていた。
優しい彼女らしい願いごとだと思う。
「千石くん、どうしたの? 今日は部活ないのに。」
聞きたかった声に振り返ってみると、そこにはやっぱり彼女がいた。
「なまえちゃん。もちろん、キミに会いに来たに決まってるじゃない。」
へらっと笑った俺に、彼女は呆れたような笑みを浮かべる。
「嘘ばっかり。休みの日に千石くんが部室に来てるなんて、今夜は雨になっちゃうのかな?」
「ヒドイなぁ、なまえちゃんは。信じてくれないの?」
「そういうの、女の子みんなに言ってるんでしょう?」
「そんなことないよ。俺にはキミだけだよ。」
「はいはい、わかりました。」
軽い調子で本当のことを言ってみたけれど、彼女は俺の言葉を軽く流して部室のドアの鍵を開けた。
「なまえちゃんはどうして部室に?」
彼女に続いて自分も部室の中に入る。
「部室の掃除に来たの。みんながいない時にしっかりやっておきたいから。」
「そっか。いつもありがとね。俺も手伝うよ。」
なんて言っているけれど、本当は知っていた。
だから、わざわざ部活が休みなのにここに来たのだ。
彼女に会えるから。
「ありがとう。でも、私が勝手にやっていることだから気にしないで。」
「それこそ遠慮しないでよ。大体、自分たちが使う部室なんだから。」
「…じゃあ、お願いするね。」
「うん、任せてよ。」
遠慮がちな彼女に笑顔で答える。
「ところで、千石くんは短冊にお願いごと書かなかったんだね? そういうの好きそうなのに。お願いしたいこと、なにもないの?」
「願い事はあるよ。」
「じゃあ、どうして?」
窓を開けようとしている彼女を、俺は後ろから抱き締めた。
「なっ、なに!?」
「ねぇ、どうして俺が星に願わないと思う?」
「わ、わからないよっ それより離して…っ」
俺の急な行動に驚いて、腕の中から逃げようとする彼女。
だけど、今の自分の顔を見られなくて、少しだけ腕の力を強める。
「ごめん。このまま聞いて欲しいんだ。」
俺の声は、自分で思ったよりも切実な響きを含んでいて、少し震えていた。
「聞いてくれる?」
「……うん。」
彼女は俺の真剣な雰囲気を感じ取ってくれたのだろう、素直に頷いてくれた。
「俺の願いごとはさ、星じゃなくて神様にお願いしなきゃいけないんだ。…俺の神様に。」
「神様?」
「うん。それって…キミのことなんだよ。」
「私…? 私、なにもできないよ?」
ぜんぜん分かっていない彼女の戸惑った声。
「そんなことないよ。俺を生かすも殺すもキミ次第なんだから。」
言葉を切り、すうっと息を吸い込む。
「俺は、キミが好きなんだ。だから、俺の願いは…キミの隣にいたい。ずっと一緒にいたい。……叶えてくれる?」
「……叶えるもなにも、ないよ。」
俺の希望をあっけなく砕く彼女の言葉に、緊張していた身体から力が抜けていく。
「はは……やっぱり、だめか。」
彼女を抱き締めていた腕を解いて、一歩後ろに下がる。
すると、彼女は俺に向き直った。
「そうじゃ、なくて……それは…私の願いでもあるから……だから、その…っ」
真っ赤な顔でつっかえながらも言葉を紡ぐ彼女を見て、自分の想いが通じていたと知った。
「ありがとう…」
それだけ言うのが精一杯で、俺は彼女を抱き寄せた。
「私も好きだよ、千石くんが。」
腕の中の彼女の声はひどく優しく俺の耳に届いた。
願いを叶えて
(2011.07.07)
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