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恋人/ヒロイン視点


畳の上に綺麗な姿勢で正座をして机に向かっている蓮二の後姿を私はじっと見つめていた。

だけど、蓮二は私の視線に気付いている筈なのに一度も振り返らない。

今日は休日で、蓮二に家に遊びに来るように誘われていた。

それなのに…

部屋に通されてみれば、蓮二はデータ整理に没頭していた。

蓮二にとってそれがとても重要な事だというのは分かっている。

一度始めたら切りのいい所まで終わらないと気が済まないというのも知っている。

だけど、いつまで私を放っておくつもりなのだろう。

いつも忙しい蓮二と二人きりで過ごせる時間はすごく大切で、約束をした時からとても楽しみにしていたのに。

ずっと向けられたままの姿勢のいい背中が少し憎らしくなってしまう。

(私だって、いつも聞き分けが良い訳じゃないんだから。)

なるべく音を立てないように立ち上がって、そろりと蓮二に近付く。

鋭い蓮二のことだから、きっと私の気配には気付いているのだろうけれど。

静かに蓮二の真後ろまで移動して、畳の上に膝を崩して座る。

そして、私はその広い背中に抱き着いた。

やっぱり分かっていたらしく、蓮二は微動だにしなかった。

背中に頬を擦り寄せてみたけれど、お叱りは無いらしい。

伝わってくる温もりに、波立った心が徐々に落ち着いてくる。

(やっぱり、好きだなぁ。)

蓮二の身体に回した腕に力を込め、私は服越しの背中にそっと口付けた。

「っ……」

小さく声が洩れたのと同時に蓮二の身体が揺れた。

視線だけを上に動かすと、蓮二の耳が少し紅くなっているのが見えて、私はこっそり笑った。

「……なまえ。」

「なぁに?」

蓮二に抱き着いたままでいると、深く息を吐き出すのが聞こえた。

「俺が悪かった。お前を蔑ろにしてしまった。すまない。」

思いのほか沈んだ声で言われ、困らせ過ぎてしまったと私は後悔した。

「ううん。私こそごめんね、邪魔して。」

名残惜しく思いながら腕を解いて蓮二から身体を離す。

「終わるまで大人しくしてるから。」

「いいんだ。」

立ち上がった私の手を蓮二の大きな手が掴む。

「蓮二?」

座ったままで私を見上げる蓮二に、私は少し首を傾げた。

「お前に甘えてしまったからな。今度は俺がお前を甘やかそう。」

すごく優しい声で言われて、にわかに頬が熱くなる。

「っ、…なんだか、『甘える』の意味合いが違っている気がするんだけど…」

「嫌なのか?」

「……嫌じゃ、ない。」

「フッ…おいで。」

一際甘い声で言って手を引き、蓮二は私をその温かい腕の中に閉じ込めた。



君あれば淋しからず

(2011.06.26)

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