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後輩/マネージャー/ヒロイン視点


朝練が始まる前、家から持ってきた薔薇を花瓶に挿して部室の机の上に飾った。

オレンジ色の薔薇は明るく空間を彩ってくれ、上品な香りを漂わせている。

少し目を閉じて薔薇の香りを楽しんでいると、ドアの開く音がして誰かが入ってきた。

「今日も早いなぁ、なまえちゃん。」

大好きな低い声に、少し速くなる鼓動を抑えて振り返る。

「おはようございます、忍足先輩。」

「ああ、おはようさん。…良え香りやね。」

「はい、家の庭で咲いたのを持って来ました。」

先輩が隣に来て、また少し鼓動が速くなる。

「ん? この一輪だけ完全に蕾やな。他のはみんな咲いとるのに。」

どきりとした。

一輪だけ紛れさせた蕾には、ひそかに自分の気持ちを込めてあるのだ。

もっとも、その意味に先輩は気付かないと思うけれど。

「恋の告白。」

さらりと言い当てられ、思わず隣に立っている先輩を見上げた。

「この間読んだ小説に出てきたんや。薔薇の蕾の花言葉なんやって。」

「そっ、そうなんですか…初めて知りました。」

先輩が花言葉を知っていたのは予想外で、動揺してしまって視線が泳ぐ。

「それで……なまえちゃんに想われてる幸せな男って誰なん?」

「い、いないですっ、そんな人。これは…ぐ、偶然に…っ」

「ほんまに?」

「…本当、です。」

「嘘はあかんなぁ。目の前に、おるやろ?」

にっこりと微笑まれて固まってしまう。

「……な、ななななんでっ だっ抱き締めてるんですかっ!?」

なぜか私は先輩に抱き締められていて、急過ぎる展開に頭が追い付いていかない。

「なまえちゃんがあんまり可愛えから。」

「っ、……離してください! ほんとっ、無理です! 心臓が壊れます!」

本当に壊れるんじゃないかというくらい心臓は脈打っていて、顔は尋常じゃなく熱い。

「残念ながら出来ん相談やね。」

先輩の腕の力は緩むどころか、むしろ強くなる。

「なっ、なんでですかっ?!」

「好きやから。俺がなまえちゃんのことを。せやから、離したくないんや。……聞いとる?」

とても言葉にならなくて、先輩の腕の中で何度も頷く。

「なまえちゃんの気持ちも聞かせてくれん? この可愛い口から聞きたいんやけど。」

先輩は腕の力を緩めると、私の頬に手を添えて上を向かせた。

指先で唇をなぞられ、息が止まりそうになった。

「言うてくれんと、このままやで。…まあ、俺はそれでもええけどな。」

「っ……なん、で…そんな…急に、いじわる…」

余裕そうな先輩と違って、私はいっぱいいっぱいなのに。

「やって、言って欲しいんやもん。……なあ、早う言うて?」

少し子供っぽく言った先輩は、いつもの優しい感じとは違う艶めいた笑みを浮かべた。

「…っ………あ、あの……私…」



愛らしい告白

(2011.06.22 初掲)□□□□
(2023.11.25 タイトル変更)

 

薔薇の蕾の花言葉は『恋の告白』『愛の告白』『可愛らしさ』など。

オレンジの薔薇の花言葉は『あなたを癒してあげる』『元気を出して』『惜しみなく与える愛』『絆』『信頼』など。

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